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「神」と「愛」について by T.クリシュナマチャルヤ氏
03 ARTICLES    2009.07.11 [ Sat ] 9:50

先月福岡UNIVAで開講した産休前のラストレクチャーで、現代ヨガの父と呼ばれるクリシュナマチャルヤ氏のお話をしました。ハートに従って生きる、ということについて語っていたので、そんな生き方において「信念」という要素の重要性を伝えたく、彼のお話をしたのです。


私は自分のことを宗教的な人間だと思ったことは一度もありませんが、信念はとても大切にしています。それはヨガのプラクティスと共に育ってきた意識です。今は自分の命が大自然と同調して在るために、信念は必要不可欠だと感じています。「私」という存在が、大きな一つの自然の流れの一部であり、また大自然の営みこそ、小さな私には計り知れない企みを持っていると信じているから、何が起ころうと大きな心で受け入れたいと思える。牽いては、より大きな愛へとつながるものだと感じています。


信念を育てるには、対象となる「何か」が必要です。多くの人は、この崇高な存在を「神」と呼びます。しかし「神」と言うと宗教的な観念であると誤解を呼んでしまうことがあります。名前は何でもいいのですが、ようするに究極的な畏怖や尊敬の対象となるものを心に抱くことが、エゴや我欲を"チェック"した在り方に直結すると考えます。


クラスでも引用しましたが、このことについてクリシュナマチャルヤ氏が語っているすばらしい言葉が米国のインド哲学誌Namarupa Vol.5にあります。以下、日本語訳です:


クリシュナマチャルヤ氏は宗派間でいう「神」という概念に従うことはまったく重視しなかった。大切なのは献身的な姿勢を育てる"降伏"という要素だとはっきりとわかっていた。その献身の強さこそが神の恵みにつながり、それこそが「喜びまたはムクティ(自由)につながる。どちらになるかは選ぶ人次第だ」と言っていた。


「神(イーシュヴァラ)の存在を信じない者にとっては愛こそが献身の意味であろう」


「あなたの神だろうが、私の神だろうが、関係ない。大切なのは、謙虚な心をもって瞑想すること。すると、神は喜び、あなたが求めるものをくださるだろう。さらにそれ以上をくださるだろう」




Krishnamacharya.jpg

信念を大切にしていたクリシュナマチャルヤ氏は、写真でもよく手を合わせており、その心がよく伝わります。

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モデル/ヨガインストラクター

吉川めい

1980年東京生まれ。国際基督教大学卒’94年雑誌「装苑」でモデルデビュー。その後「セブンティーン」をはじめ数々のファッション誌、テレビ等で活躍。’01年、アシュタンガヨガと出会い、インド・マイソールのシュリ・K・パタビジョイス氏に師事する。’06年、日本人女性初のアシュタンガヨガ正式指導資格を取得する。現在、日本とインドを拠点にヨガインストラクターとして活躍。


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