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黄色く赤く乾燥した、峻鋭な岩肌の山。
青が蒸発してしまうほど、光を放つ空。
その下で、女王は巨きな体を横たえる。
彼女は荘厳で、華麗で、繊細で。
雄大で、優美で、端正で。
太古の昔より死者の地とされてきた西の岸。
焼けた砂と乾いた風が支配する彼岸に
彼女は今も眠り続ける。
長い時に、彼女を飾っていた衣裳は剥ぎ取られ
無慈悲な太陽の下に肌を晒して
なお一層艶かしく、見るものを魅惑する。
グルナとはルクソール西岸の現地での呼称であり、太陽が沈むナイル河の西の岸は、死を司る場所、古代エジプト人にとってまさに彼岸であった。
ここには有名な王家の谷を始め、貴族の墓、ラムセウムなどいくつもの墓所やそれにまつわる遺跡が遺る。
彼岸のイメージは国や地域、文化によって様々かも知れないが、この極限の乾燥と色彩を失う程の強い光(日射し)の風景は、まさしく死に相応しい。
およそ生命というものを拒絶している。
場所によっては草木一本なく、虫や動物の気配もない。時に風が岩を鳴らし枯草の塊を転がしても、その風が止むと一切の音は絶え、代わりに太陽の照り付けが振動のようなものに変換されて、直接耳の奥に届くようになる。
観光のポイントとされている場所を離れ、岩と岩の隙間を縫うように砂の上に微かに残る白い道筋を頼りに進んでいくときも、靴の下で砂利が潰れる辿々しいリズム以外は、自分の呼吸、鼓動の音、汗の吹き出す音までが聞こえるように感じた。
思えば日本はあらゆる気配で充満している。
僕は気配の国の人間だったのだ。
虫や鳥の声、枝葉のざわめき、せせらぎの水音。
あるいは冷蔵庫やストーブの唸り、車の騒音、薄い壁の向こうの隣人の話し声。
あるいは物の怪まで。
正体不明の何かの気配に怯えるのではなく、逆に一切の気配が無くなることの恐ろしさを、僕はこの時まで想像したことがなかった。
王家の谷から通常のルートを離れてかなりの道程を歩いてしまった。黄色い岩肌が照り返し、翳はコントラストのせいか赤く見える。
その険しい岩山を伝い降りて振り返ると、そこに、 ハトシェプスト葬祭殿があった。
この壮大な遺跡は、古代エジプト初の女王であるハトシェプストの時代に建造したとされる神殿だ。女王に仕えた官吏の墓碑には「金と銀で細工された神の宮殿、その輝きで人々の顔を照らす」とあるから、かつては目映い装飾に覆われていたのだろう。
神殿を取り巻いていたあらゆる彫像や装飾は、盗掘され破壊され、剥ぎ取られてしまっていた。
しかしながら、却ってそのことで古代のものとは思えないほどに、現代的な美しさを放っている。それが僕には衝撃だった。現代が到達したと思っていた寂寞の美は、すでに古代エジプトにあったのだ。
女王の葬祭殿だからなのだろうか、他のファラオのどんな建造物とも違う。女性的と言っては安易すぎるが、女性名詞で呼ばなければ違和感があるほどそれは女性そのものだった。
エジプトの古代建築は、壁でも柱でも垂直の線が強調されたものが多い。特に柱は太く肉感的で、その屹立する垂直性は男性の強さを象徴するかのようだ。
対してハトシェプスト葬祭殿では、反復する柱は美しく均整をとる重要な要素ながら、水平な梁やテラスを支える脇役となる。曲線や曲面を排した厳格な直線で構成された建物なのだが、そのボリュームはあくまで水平に流れる。
軽やかで伸びやかな印象は、エジプトの古代建築の中で特異なものだ。
装飾を喪失してなお繊細で華麗な印象を保つというのは、全体のスケールに比して、構造が華奢に見えるからなのかも知れない。そして端正に直線上で展開される反復が、また格別な荘厳さを創り出している。
それはまさに雄大で優美な女王の姿、、僕にはそう思えた。
追記
僕がこの場所を訪れた翌年、1997年11月17日。ここは悲劇の舞台となってしまった。
イスラム原理主義過激派のテロリストグループによる外国人観光客への無差別銃撃テロが発生し、日本人10名を含む67名もの命が奪われた。エジプトのテロ史上、最悪の悲劇だ。
亡くなった方々の冥福を祈るとともに、このような悲劇が繰り返されないような社会構造への変革を、地球に住む一人として考え続けたい。
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