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陽射しはいつのまにか、優しくおおらかなものになっていた。
ヤシの葉の影が土に染み入る様は、その輪郭が曖昧になったせいでさらに水の幻影のように見えて来る。
スケッチを進めるうちに、どこからともなく子供たちが集まってきた。
真っ黒な顔のヌビアの子供たち。
珍しそうにスケッチブックを覗き込んでいる。ペンをくれとねだり、僕の前に立ってはポーズをとる。そのあいだにも子供の数はどんどん増えた。
どうやら、近所中の子供たちが集まって来てしまったようだ。
ちょっと大きな子は学校で習っているのか、少しは英語を理解し話もできるが、他の大半の子供たちは全く言葉は通じなかった。
それでも何となく気持ちは通じるものだ。互いに打ち解けるのに然程時間は必要なかった。
全くフィルターの掛かっていない子供という存在の力に、いつしか僕も取り込まれていたのだ。
子供たちに腕に脚に絡まれてスケッチもままならなくなり、リーダー的な少年の案内で村を歩くことにした。
抱き上げて遊んでやった小さな子がすっかり懐いてしまい、僕の両の手を握って来たので一緒に連れていく。今の日本なら、人さらいかも知れない。。
リーダーは得意そうに自分たちの遊び場を次々に披露した。
子供しか通れないような細い細い路地を抜け、山羊や鶏を蹴散らし、他の子供たちのグループに冷やかしの大喝采を浴び、心配そうに見つめる大人たちに挨拶しながら歩いた。何人もの子供たちと一緒に、行進さながらに。
この島に渡るとき、同じ船に乗り合わせたオーストリアから来たという若いカップルの旅行者が、未開のジャングルに入るような格好をして、早足にずんずん歩いて行くのが見えた。
島の人たちからの声は完全に無視しているようだ。下手に言葉を交わしてバクシーシを要求されるのを警戒しているのかも知れない。
たしかに土地の人間は、外国人と見ればバクシーシ(ほどこし)をねだる。
それは感心すべきことでは無いかもしれないが、蔑むべきことでもない。半ば挨拶のようなものだ。上手くあしらえば、なんということは無かった。
けれど要求する彼らは、本当に"持たざる者"なのだ。
大人に対しては上手くあしらえたとしても、子供たちにねだられると胸が締め付けられた。
子供はお金など欲しがらない。
ペンが欲しいのだ。紙が欲しいのだ!
勉強したくても、絵が描きたくても、道具が無い。どうやらこの国の教育には圧倒的に物資が不足しているらしい。
この村に限らずとも、街を歩いていてペンをくれとねだる子供の数のなんと多いことか!皆勉強したがっているのにペン一本手に入れられないでいるのだ。
陽が傾き、街へ戻るファルーカ乗り場へ着いても、両手にしがみついている二人の女の子は離れようとしない。
川辺に設えられた待ち合い用の丸太に腰を下ろすと、両の膝にそれぞれ乗って来る。
黒い宗教服に身を包んだ女性が見かねてリーダーを諭し、他の子供たちを連れて家に帰っても、この二人だけは最後まで僕の手を握って離さなかった。
ファルーカに乗り込むと、大きな瞳に涙さえ浮かべている。最後には、岸辺の砂にしゃがみ込んで、去りゆく船にいつまでも手を振ってくれていた。
結局、彼女たちとは言葉では一言も交わせなかった。バクシーシやペンの一本でさえあげることは出来なかった。
あの子たちのあの小さな温かい手を、ほんの少しの間だけでも繋ぎ止めておかせたものは一体なんだったのか。
言葉ではない、理屈ではない何かが、人種や文化や、言語や性差や年齢差を超えて人間と人間との関係を繋ぐことがあるのかも知れない。
見上げると、川面を渡る風を受けたファルーカの継ぎ接ぎだらけの白い帆が、夕暮れの太陽を浴びて色付きながら、大きく膨らんでいた。
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