Story 03 アスワン-1
STORYS    2009.11.21 [ Sat ] 4:56

スークで買ったオレンジを齧った後、その日の午後は、アスワン・ハイ・ダムの眼下のナイルに中州として浮かぶ、エレファンティネ島へ渡ることにした。


島へは土地の人の足である多人数用のファルーカで行く。

近年では観光目的の使用も増えて白くこぎれいな帆も目立つけれど、これは生活の足。継ぎ接ぎだらけの帆が湖面を渡る風を受けて孕むと、小さな衝撃がファルーカの背中を押し出した。


遠くから眺めると真っ青なナイルも、その上に身を置いてみると決して青くはない。水面の下をちぎれた水草が流れていく。その速度から、どれだけ大量の水がここを流れているのか想像してみる。

すぐ上流にあるあのダムが一旦流れを塞き止めているはずなのだが。。


水の抵抗より僅かに勝る風の力が、僕らをゆっくりとその島へ送り届けた。





エレファンティネ島は中州とは言っても、幅約0.4キロ、長さ約1.2キロもある。島の南側の象の形をした岩からこの名がつけられたそうだ。この辺りが古代エジプトでは最北部と位置付けられ、ここから先はヌビア王国の土地だった。かつての最果てである。


ぬかるみの船着き場へ踏み下ろしたその一歩に、近代的なアスワンの市街地とは全く違う気配が伝わって来る。ヌビア民族の数千年の営み。ここには、本来の彼らの暮らしがまだ残っているのかも知れない。


島には舗装された道路など無いようだった。

日干し煉瓦を積んで造られた土塀のあいだの細くくねった道を進み、光と影が強いコントラストをつくる泥壁の民家の隙間をすり抜けるようにして歩く。


この島にあるものといえば、ナイロメーターとアスワンミュージアムと呼ばれる小さな博物館くらいのものだと聞いた。ナイロメーターというのは川岸に階段状に掘られた古代の水位計だ。ミュージアムの先らしい。さればと、まずは博物館を目指した。


そこにはアスワンとヌビア地方で発掘された古代の遺物が集められている。端から丁寧に見始めたつもりだったが、それら遺物を前にして少しも高揚していない自分がいることに気が付いた。

実際、ミュージアムを一巡りするのにもさほど時間を必要としなかった。

それは展示物の中に心惹き付けられるものを見つけることが出来なかったからではない。

実は、ここへ至るまでにに見た光景が僕を捉えて、離してくれなかったからだった。

ショーケースの中身よりも、民家の、泥壁の、肩を滑る光の艶かしさが、僕を魅了していたのだ。


僕は急いで博物館を出た。来た道を引き返し、村のさらに細い路地へと分け入った。



少し傾斜した乾いた砂の道に、塗装の剥げかけた日干し煉瓦と泥壁の民家が窮屈そうに並んでいる一角があった。その民家の隙間にすうっと幹を伸ばすヤシの木は、屋根の上で切れ切れになった大きな葉を揺らしている。泥壁に落ちる幾筋もの影が、まるで土に染みては消える水を見るようで不思議だった。


僕は場所を定めて道具を取り出し、おもむろにスケッチを始めた。

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建築家

山中祐一郎

1972年、栃木県に生まれる。94年、東京造形大学卒業後、渡英。Architectural AssociationでShin Egashiraに師事。帰国に際してアフリカ、アジアの大河を陸路で巡るグランドツアーを決行。内藤廣建築設計事務所勤務を経て、99年、S.O.Y.建築環境研究所/S.O.Y.LABO.を設立。建築設計をベースとして、ランドスケープ、インテリア、ファニチャー、プロダクト、グラフィック等、分野にとらわれないデザイン活動を展開中。