Story 02 アブ・シンベル-2
STORYS    2008.11.18 [ Tue ] 0:14

アブ・シンベルには有名な神殿がある。

古代エジプト新王国時代の王ラムセス2世のこの神殿遺跡を世界的に知らしめたのは、ダム建設による遺跡水没の危機の時だった。


ユネスコが遺跡救済キャンペーンを展開したのだ。

これが国際的な一大事業となり救済は成功。神殿は水没を免れたのだが、その方法は「丸ごと切り刻んでから別の場所に再現する」というもの。 遺跡は岩山を掘って造られた岩窟神殿だったから、その山ごと細かく切断し、ブロックにして運んだのだという。


僕はこのやり方を好きになれななかった。

この事業が「世界遺産」創設の契機となったことは評価したい、けれど。


それが築造された"特定の"場所との関係が破棄されてしまうことは言うに及ばず、移築するにあたって、崩れていた部分を崩れていたなりにそのまま再現する方法の限界などは、いかにも白々しく、舞台のセットのようではないか。

救済には勿論賛成。でも、もっと別な方法は無かったのか。


例えばその当時、救済のための有力な案だったという「逆ダム案」。この事業のためにそんなアイデアが真剣に検討されていたということを、僕は学部生の頃に知ったのだけれど、その飛び抜けた発想にはある種のロマンチシズムを覚えていた。


遺跡の周囲に壮大な弧状の堤防を築き、いわば「アスワン・ハイ・ダムの中の入れ子のダム」を造ることによって、ハイ・ダム完成後の水位の上昇に抗するという案だ。普通のダムならいざ知らず、あのハイ・ダムの中にである。いかにも無謀だけれど、これならば、堤防に囲み取られた部分のナイルだけは昔のままの水位を保つことが出来、遺跡も全く傷つけない。


3300年前に建造された壮麗な遺跡とそれを凌駕する超スケールの大堤防。時を隔てた技術の競演。60メートルにもなる水位差が生む、巨大な圧力、緊張感。それらが創り出す見たこともない風景。。


しかしこの案には決定的な欠陥があった。


アブ・シンベル神殿には特別な仕掛けがされている。年2回、ある特定の日に、神殿の内部まで朝日が届き、奥にある石像を明々と照らすのだ。その特定の日とはラムセス2世誕生の日と、王への即位の日。しかも4体ある石像のうち、冥界神プタハだけは依然闇の中にいるという凝った仕掛けだ。


それが堤防の影の中にあっては適わない。この神殿にとっての象徴的な現象が無くなってしまう。そのことと比較されたら遺跡を傷つけない価値も退く他なかっただろう。





結局「逆ダム案」は採用されず‥‥。

ようやく目的地に辿り着いた乗り合いバスを離れ、僕はナセル湖の方へ歩き出す。その歩みは僕の心の内を反映して珍妙だったに違いない。

一方では来るであろう落胆に対して身構えていた。どこかの万博の、継ぎ接ぎのパビリオンのようにされてしまった「かつての遺跡」をイメージして、一人ごちた。しかしもう一方で、うっかりすると飛び起きそうになる期待があった。これを押さえつけながら、なるべく平静を装って歩いた。


湖へ続く黄色い砂利の道。まだ他にツーリストは到着していない。早起きの、物乞いを生業とする男がすでにゲートで待ち構えていて「バクシーシ?」と最初の客に最初のおねだりをする。

男の肩の向こう、前方の岩山の間にナセル湖の輝きが覗いている。

それは黄色い手のひらに掬った、空を映す水銀のようだった。


青い水銀が呼んでいる。ついに来た、という思いに駆られると口元が緩むのが抑えられない。

僕は男に小銭を渡す代わりに「おはよう」とだけ笑顔で言い放って通り過ぎる。小走りで。下り坂も手伝って自然と脚が速くなっていた。


湖を右手に見ながら、岩山を回り込むように下りて行く。

すると唐突に、そのかつての遺跡」は目の前に現われた。


‥‥。思わず息を飲む。


いったい、どうやって移したというのか。安易な想像を拒絶する圧倒的な存在が、厳かにそこに在った。朝の光が「大神殿」を正面から照らしている。


‥‥見事な、、、

続く言葉を失う。


たしかに神殿だが建物ではない。それは山だった。

切り刻んだという痕跡も見えない。大変な仕事だったはずだ。

ここに来るまで、舞台セットのようではないかなどと想像していた自分を恥じた。

スケールと、その仕事の完遂に圧倒された。

逆ダムも大胆だが、これをまるごと動かそうなどと発想し得た人間、そしてそれを成し遂げた人間もまた、もの凄いではないか。


感嘆を憚らず大神殿をゆっくりと見て廻る。

正面の4体の巨像。その足下に穿たれた孔から内部へ導かれると、8体の立像が柱となった大列柱室と見事な壁画がある。そして最奥の至聖所には例の4体の石像。神々と、神格化されたラムセス2世の像である。


実は正面の巨像も柱の立像も、ラムセス2世を象っている。そして神々との並置。歴史的な権力は彼の巨大な自己顕示欲に支えられていた。大きな権力と欲望は、時に傑出した痕跡を歴史に刻むものだ。

象徴的な逸話だが、彼には200人を越える妻がいたという。

その中で最も愛された王妃に捧げられたという神殿が大神殿に隣接する。そしてこれもやはり、山ごと移設されていた。


僕はその王妃ネフェルタリのための「小神殿」と呼ばれる岩山の頂上に登った。そこから、ヌビアの砂漠を一望にするかような広大な風景を見渡す。


ダム湖であるはずなのに、ナセル湖は超然と風景を構成している。

手のひらに掬った水銀の様だった湖面は、世界最大の人工湖の全容を現し、いまやアスワンの方角へ何百キロに渡って果てしなく続いている。遠い対岸に広がる砂漠の起伏。入り組む畔。容赦ない陽光、その反射。。





風が止む。

雲のない空の下に広がる、砂と水だけの抽象的な世界。

その景色を眺めながら、数千年もの昔、ナイルの果てのこの場所に壮麗な建造物を造らせた不世出の王に思いを馳せる。

そして数十年前、それをそっくり移築させ、月からでも見える未曾有のスケールで巨大な人工湖を出現させた現代技術にも。


僕は、不思議と勇気が湧いてくるのを感じていた。

人間の可能性を信じたくなったからかも知れない。

その精神の感触は、出発の地に立ったことに相応しく思えた。

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建築家

山中祐一郎

1972年、栃木県に生まれる。94年、東京造形大学卒業後、渡英。Architectural AssociationでShin Egashiraに師事。帰国に際してアフリカ、アジアの大河を陸路で巡るグランドツアーを決行。内藤廣建築設計事務所勤務を経て、99年、S.O.Y.建築環境研究所/S.O.Y.LABO.を設立。建築設計をベースとして、ランドスケープ、インテリア、ファニチャー、プロダクト、グラフィック等、分野にとらわれないデザイン活動を展開中。