Story 02 アブ・シンベル-1
STORYS    2008.10.14 [ Tue ] 5:57

ルクソールの南、200キロほどにあるエジプト最南の町、アスワン。

そのアスワンからさらに南へ280キロ。北回帰線を超え、スーダンとの国境に接する位置にアブ・シンベルはある。


アスワン・ハイ・ダムによって生まれたナセル湖の南端のほとり。ヌビアの砂漠を超えて辿り着く、エジプト最果ての地である。


僕はここを、ナイル河を巡るこの旅の出発地点と定めた。

ナイルに沿ってここから下り地中海へ至るまで、エジプトという国の横腹を見て回ろうと決めたからだ。


まずはスタートラインへ。ルクソールから一足飛びでその地を目指す。





経由地のアスワンからそこへ行く手段は幾つかあった。

ナセル湖を船で行くか、飛行機で飛ぶか。一般的には飛行機を使うらしいが、僕はバスで行きたかった。移動は地上と決めていたのだ。地を這うように、蟻の視点でこの国を見たい。


観光用のバスもあったが、それも止めて土地の人が使う乗り合いバスで行くことにした。

その方が安いのはもちろんだが、一日一往復の、客に目的地で1時間の写真撮影の時間だけ与えて引き返すような観光バスでは意味がない。

しかし高速の観光バスでも4〜5時間かかる道のりである。乗り合いバスなら当然だが、途中で人を乗り降りさせるために余計に時間がかかるという。

案内所で、勧められない、ときっぱり言われたその乗り合いバスを、僕は期待を込めて待った。




古ぼけた乗り合いバスは夜中に出発した。

これなら現地には、朝のうちに着けるはずだ。


デッキは大きな荷物を抱えた人々でひしめいている。黒い宗教服に身を包んだ女が目だけを露にして、その目で僕を凝視している。

軽く挨拶をしてみるが、急に視線を外して知らぬ顔をする。

他の乗客も皆、こちらを観察しながらも、目を合わせてくれなかった。


この国の女性とのコミュニケーションは難しいと聞いていたけれど。

それ以前に、外国人がいるべき場所とそうでない場所というものがあるのだろう。

僕は自分が異物であることを確認した。


マグネシウム灯のオレンジ色に沈むようなアスワンの町を抜けてしまうと、すぐに舗装が酷くなって、バスは軋み、乗客はクッションの無い硬いシートの上で派手に揺すられ続けた。

観光バスにはエアコンがあったらしい。このバスには勿論そんなものは無い。車内はひどく暑かったが、誰も窓を開けようとしなかった。

異物である僕は、とりあえず、じっと状況に身を任せている。

そうするうちに僕は荷物と緊張を両手で抱えながら、いつのまにか眠りに落ちてしまった。


しばらくして、大きな揺れに起こされた。

体のあちこちが痛い。しかもぐっしょりと汗に濡れて‥‥不快に耐えられず思わず窓を開けてしまったが、そうしてみて、なぜ皆が窓を開けないのかを理解した。

砂漠の砂が、その細かい礫が、一斉に吹き込んで来たのだ。

隣の席で寝ていた男が迷惑そうに起きて、早く閉めろと身振りで示すよりも早く、僕は自分の過った行動を修正するしかなかった。


期待を込めた道程のはずだった‥‥。

後悔が頭をかすめる一方で、同時に僕の目は窓の外に釘付けになった。

空が白む。

丁度、夜明けの時間だった。


時折ブリザードのように砂を含んだ風を纏いながらも地平まで見渡せる平らな砂漠と、その上の、宇宙に続くかのような高い空にグラデーションが懸かり、双方が交わる彼方を淡いピンク色に溶かし合っていた。

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建築家

山中祐一郎

1972年、栃木県に生まれる。94年、東京造形大学卒業後、渡英。Architectural AssociationでShin Egashiraに師事。帰国に際してアフリカ、アジアの大河を陸路で巡るグランドツアーを決行。内藤廣建築設計事務所勤務を経て、99年、S.O.Y.建築環境研究所/S.O.Y.LABO.を設立。建築設計をベースとして、ランドスケープ、インテリア、ファニチャー、プロダクト、グラフィック等、分野にとらわれないデザイン活動を展開中。