まほろば旅するロバは微睡む
STORYS    2007.11.15 [ Thu ] 21:18
このブログ掲載の依頼を受けたとき、ちょうど別の探し物をしていて、引き出しの奥から古い紙の包みを見つけました。

それは12年ほど前、ロンドン留学を終えて帰国するにあたって、ひとり陸路で大陸を横断しようという無謀な思いつきに始まった僕の、旅の記録でした。


当時、
国際テロの不穏な動きと地域の紛争などがあったせいで、単身では入国許可がおりない国もあり、「全ルートを陸路で」という計画は断念せざるを得ませんでした。

けれど、その土地の風土とナマの人間を見た かった僕は、見たい場所だけをスポットでつまみ食いするような"点の 動き"はしたくなかった。それよりも、途中の意図しない部分も全て見ざるを得ない"線状の移動"がしたい、、

そこで、「河沿いを往く」事に決めたのです。
入国可能なエリアから、しかも古代文明が発祥したようなとびきりの大河を選んで。

そこには古代の遺跡があり、一方で、遺跡には無縁なナマの人間の現在進行形の生活もあるはず。その両方を見るには延々と河沿いに往くのが良い、と思い至ったからでした。

まずアフリカのナイル河、次に中近東/南アジアのインダス河、続いてガンジス河、そして、東南アジアのチャオプラヤー河へ。
世界地図の上を少しずつ東へ辿るように。。


紙包みから出てきたのは、当時の大量の日記とスケッチ。
まるで12年前のタイムカプセル‥読み返してみると若かった自分の 「青さ」に赤面しつつも、その時の鮮烈な体験の記憶も蘇ってきます。

いつか整理をしたいと思いながらも引き出しの奥で眠っていたこの記録を、この場を借りて少しずつ、紀行文形式(?)にして記述してみたいと思います。

ちょっと、いわゆる「ブログ」とは違うものになりそうです。私小説的で恥ずかしく、申し訳ない気もするけれど、でも、学生を終えたばかりの自分が体験して、建築/デザインを仕事とする現在に至るまで、僕の中で大きな影響を与え続けているこの「事件(旅)」を、もしも読んで頂く方にも追体験出来るようなことがあるならば幸せです。


ヤマナカユウイチロウ

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建築家

山中祐一郎

1972年、栃木県に生まれる。94年、東京造形大学卒業後、渡英。Architectural AssociationでShin Egashiraに師事。帰国に際してアフリカ、アジアの大河を陸路で巡るグランドツアーを決行。内藤廣建築設計事務所勤務を経て、99年、S.O.Y.建築環境研究所/S.O.Y.LABO.を設立。建築設計をベースとして、ランドスケープ、インテリア、ファニチャー、プロダクト、グラフィック等、分野にとらわれないデザイン活動を展開中。