こんにちは 永山祐子です。
    2007.11.15 [ Thu ] 10:34
こんにちは 永山祐子です。
初めてのブログです。マメに更新できるかまだ自信がありませんが
徒然なるままに日々の出来事を書いていきたいと思います。

11/11、京都橘大学主催のパネルディスカッションにパネリストとして参加する為、京都にいってきました。

そのディスカッションの前に藤森さんの記念講演があり、私は特にその講演を楽しみにしていました。

そして予想通りとても面白いお話が聞けたのでした。

京都にある歴史建造物と混在する様々な近代建築にまつわるお話にはじまり、それら近代建築保存の本当の意味についてのお話。

特に藤森さんが言っていた「建築は過去の記憶を喚起させる“記憶の器”であり、今に続く時間的アイデンティティを保つ為の重要な役割がある。

もしそれが突然消えてしまうと都市が記憶喪失になってしまう。」という言葉がとても心に残りました。やっと最近近代建築を保存していこうという動きがでてきましたが、その本質的な意味をとても明快な言葉で聞く事ができました。

その後はパネルディスカッションですが、私は「LOUIS VUITTON京都大丸」のファサードデザインと円通寺の借景の庭との関係、そして「丘のある家」と龍安寺の石庭との関係を話ました。この話の内容はまたどこかで詳しく書くかもしれません。今回自分の作品と京都との関係を改めて見てみると色々な発見がありました。

講演会の後は会場となった京都市国際交流会館のすぐ隣にあるインクライン、南禅寺水路閣の見学。実は京都にはしょっちゅう来ている割に仕事でくる事が多く、ちゃんと観光らしい観光をしていないのでまだまだ尋ねていない場所がいっぱいあります。

このインクラインと水路も初めてでした。

秋の紅葉がはじまり、とても美しい場所でした。もう日も暮れかかっていたのでその日は行けなかったのですが、水路にそって歩けるそうです。

産業都市である京都の一面をとてもよく表している場所です。琵琶湖疎水の大事業を取り仕切ったのは若干23歳の青年だったという話に驚きました。(興味がある人は田辺朔郎で調べてみましょう。)もちろんやる方もすごいのですが、任せる方もすごいなと思いました。事業に関わる皆がこの大事業に対して前向きで一か八かやってやろうという気迫を感じます。

今の世の中、特に建築界にはそんな一丸となって新しいことに向かっていくエネルギーを感じないなーと寂しく思いました。

もう少しそんな機会が若い人に与えられればモチベーションも上がるし、変わるのにな。
そんな事を思いつつ、水路脇を今度は紅葉の時期に歩きにこようと心に誓ったのでした。

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コメント(1)

mochi :

藤森さんのお話、私も聞いてみたかったです。
今東京ではいろんな街が再開発で
古い町並が跡形もなくなり、確かにこれが
記憶喪失であるのだとしたら、とてもしっくりきました。

去年解体された日比谷の三信ビル
あの建物の匂い、今でも忘れられません。

田辺朔郎、検索してみるとします。

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建築家

永山 祐子

1975年東京生まれ。98年昭和女子大学生活美学科卒業。98年青木淳建築計画事務所入所。2002年永山祐子建築設計設立。05年、ロレアル賞「芸術と科学の色の賞」奨励賞、中之島新線駅企画デザインコンペ優秀賞、つくば田園都市コンセプト住宅実施設計競技ニ等。06年、AR Awards(UK)「Highly Commended賞」。06年東京理科大学非常勤講師。