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    <title>亀石征一郎</title>
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    <title>ブログ引越しのお知らせ</title>
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    <published>2010-02-01T03:56:05Z</published>
    <updated>2010-02-12T04:02:46Z</updated>

    <summary>亀石征一郎のブログ『老殺し屋 -亀-』は引っ越しました。今後はコチラ↓↓をご覧く...</summary>
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        <name>SVO</name>
        
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        <![CDATA[亀石征一郎のブログ『老殺し屋 -亀-』は引っ越しました。<br />今後はコチラ↓↓をご覧ください。<br /><br /><a href="http://seiichiro.kameishi.jp/">http://seiichiro.kameishi.jp/</a><br /><br /><br /> ]]>
        
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    <title>拉致 </title>
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    <published>2009-12-08T08:03:24Z</published>
    <updated>2009-12-08T08:04:38Z</updated>

    <summary>テレビで机を並べる先生方がコメントすること数年――埒の明かない拉致問題のご意見を...</summary>
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        <name>亀石征一郎</name>
        
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        <![CDATA[テレビで机を並べる先生方がコメントすること数年――埒の明かない拉致問題のご意見を聞いているが、まだ誰もおっしゃらない根本問題がある。<br /><br />わが国の中で、凶悪な誘拐犯が子供をさらって、どこかのマンションの一室に閉じこもったとする。どうする？<br /><br />まず警官が武器を持ってその部屋を包囲するであろう。そして場合によっては撃ち殺す覚悟で包囲するだろうが！その緊張感があって始めて犯人との交渉が成り立つのだ。警官が武器を持って取り囲まないで、親だけが駆けつけ、『どうやったら子供を返してもらえるんですか？何を差し上げたら子供を返して頂けるのですか？』と、犯人にお願いしたとする。犯人は捕まる心配もなけりゃ、撃ち殺される心配もない。『あれ持って来い！これ持って来い！』の一点張りだろうが！<br /><br />親は困り果てて、『そんなことをいつまでもおっしゃっていると、アメリカから警官が来て撃ち殺しますよ！』と言ったとする、馬鹿か！馬鹿か！――であろう。わが国は北朝鮮にそれと同じ事をやっているのだ。 <br /><br />わが国はどこの政党も自衛することは認めているし、憲法も第九条に関係なく、わが領土に敵兵が踏み込み、わが国民をさらって行ったら、これは自衛せねば成らない筈だ！そのために自衛隊が莫大な予算を使って、何十年と営々と切磋琢磨してきたのであろう。要するに自衛隊は軍艦を持って、北朝鮮を包囲し、さらって行った日本人を返せと交渉しなければ成らないはずではないか！<br /><br />要するに自衛する覚悟もなけりゃ、現実に日本国民の命と財産を守ることもやらないと言う訳なのだ！そんなことをするのは軍国主義だ、世界情勢の中では外交はもっと微妙で複雑なものなのだ！と、外務省の役人がほざくのであれば、はじめからわが国は自衛放棄の国ですと言いやがれ！<br /><br />日本の外務省の役人の無能さは、戦前からの伝統芸だろうが！外交官という、ちゃちなプライドで世界中に散っている、鼻持ちならない優等生は一掃しなけりゃならねんだ！<br /><br />それより、山口組と住吉連合のやくざの抗争でも学ぶこったァ！<br /><br />巨大な武器を背景に、殺し合いを含めた国家の外交の方がはるかにやくざな生業であろう！<br /><br />日本の外務省の役人共は山口組の若い衆より腹が座ってねえぜ！<br /><br />役人共が勉強したけりゃ、山口組や住吉連合に弟子入りしたらどうでぇ！<br /><br />これは日本人自身、日本人全体の責任なのだ！<br /><br />もし、政治家の一人が、人質を取り戻す交渉として、軍艦を出すべきだと、一言でも意見を出せば、マスメディアを筆頭に、大半の良識あると、思い上がっている、似非インテリ、似非平和主義者がその政治家を袋叩きにして引き摺り下ろすであろう！<br /><br />要するにわが国は、いかなる世界情勢にしろ、わが国の領土と国民の命を侵されたら、毅然と戦います！というメッセイジを世界に発していないのが根本問題なのだ！<br /><br />どうしてこんなに嘘の上塗りを重ね、安もんの漆塗りのような国家を作り上げてしまったのであろう？！<br /><br />それは、あの太平洋戦争の無条件降伏から始まっているのだ！<br /><br />わが国にも金正日みたいな馬鹿が、陸海軍参謀本部にも何人かいた。その馬鹿共が統帥権などという勝手な解釈で大本営を組織して、勝ち目のない無謀な戦争に突入し、日本の純真な若い兵士を三百万人も死地に追いやったのだ。しかし戦争ゆえに直接殺したのは米軍の重装備の兵器であるし、撃ったのも米国軍人である。当時のソ連なんぞは単なる火事場泥棒の上の強盗殺人、強盗集団誘拐犯だわな。もう日本軍が完全に敗北し、白旗を揚げる寸前に満州になだれ込み、多くの民間人を強姦略奪し、捕虜とした兵士の多くをシベリヤで奴隷として酷使したのだ。その上、火事場泥棒の如く北方領土を奪い取り、終戦が決まった後ですら、樺太から引き上げる八千人の日本人、主に子供が大半だった輸送船を撃沈している記録がある。まさにこれ以上卑怯な振る舞いは無かったのである。そして未だに北方四島をネタに日本から銭だけ引っ張る外交が永遠と続いている。<br /><br />さてそれをさかのぼれば、あのレイテ戦記の悲惨さ、そして、ガタルガタル島、飢えと乾きの中、ろくな装備も持たない日本兵は、密林の中をさ迷い、次々と倒れ、蛆虫のわく死体を見つめ、自分も死ぬ間際には、一人で死ぬ孤独感に耐えられず、蛆虫の湧いている死体にそっと寄り添って死んでいったという話だ。<br /><br />そして最後の硫黄島だ！クリントイーストウッドが映画化したが、あれは日本人が作らなければいけなかった映画なのだ！<br /><br />あの硫黄島はアメリカにとって日本本土を爆撃するためには最重要地点であった。要するにマリアナ諸島の米軍基地からＢ２９が日本本土に向かう中継地点として、あの硫黄島は絶対に落としたい島であるし、日本側にとっても本土を守る最終地点でもあった。<br /><br />日本軍は硫黄島そのものを地下の塹壕として作り変えてしまい、日本兵はその地下壕の奥に篭り、何百トンの爆弾を落とされようが、艦砲射撃されようが、じっと、地下壕にこもり、上陸する米軍を一人一殺、水も食料もない中で、絶対に苦し紛れのバンザイ突撃も許さず、屍になっても戦えという命令の元に地下壕にこもったのだ。乾きと飢えで、苦し紛れにバンザイ突撃をしようとすると後ろから撃ち殺されたという話だ。<br /><br />地下壕の奥まで火炎放射器の災も届かず、手を焼いた米軍は、最後の手段として、航空母艦から太いホースを持ち出し、海水を汲み上げ、地下壕にごうごうと流し込んだのである。その上、ガソリンを大量に流し込み、火を放ったのだ。<br /><br />地下壕の日本兵は顔が蝋燭のように熔けて死んでいった。そこまで命を苛め抜かれ死んでいったのだ。若い兵士はそれでも祖国に残る妹や弟のため、母の為、と信じて死んでいったのだ！<br /><br />そして御存知、米軍は東京大空襲、らせん状に焼夷弾を落とし、非戦闘員を何十万と焼き殺したのだ、最後の仕上げは広島、長崎の原爆だァな、あの一瞬に赤子も幼児も、恋人も、母も父も黒焦げに焼け爛れて死んで行った。広島では何万という被災者が手の皮膚が溶け、爪で止まって垂れ下がったまま、両腕を前に突き出し、さ迷っていた。もしあの時点で、アメリカの９・１１のテロと同じように、テレビの中継が入っていたとしたら、果たして、世界はアメリカをどう見たであろう、東京裁判はどう展開していたであろう。<br /><br />ほとんど、終戦間近の頃、アメリカ軍の航空母艦から飛び立った戦闘機がわしら子供をすら面白半分に追廻し、機銃掃射してきたもんだ。戦闘機に乗っているパイロットの顔が見えるほどの低空飛行で、彼らは笑いながら撃っていた。今のゲイムセンターの感覚だった。<br /><br />そして、あの昭和二十年八月十五日の無条件降伏だァな。<br /><br />あの無条件降伏という鉄板がおろされた瞬間、日本人は戦場で死んでしまった若い兵士、本土で焼け爛れた死体をけろっと忘れ、アメリカ軍が投げ与える食料に飛びつき、ハリウッド映画に目を輝かせ、アメリカの養殖魚となったのだ！<br /><br />イスラムの如く、一回とて自爆テロも起こさず、原爆の恨みもあっさり捨て、非戦闘員の虐殺も忘れ、従順にマッカーサーの指令通り養殖魚は懸命に働き出したのだ。<br /><br />わしが小学校二年生の時だ、養殖魚の惨めさを目の当たりに見たことがあった。<br /><br />当時、米軍がジープで通りかかると、日本の子供達は、にわか覚えの英語で『ギブミ―チョコレート！』と叫んで、米軍のジープを囲み、チョコレートの破片を投げ与えられ、貪るように食べていたのだ。ところがある日、米軍のトラックの荷台に乗った日本人の労務者が数名降りてきて、通りの八百屋に積まれたスイカを何個か米兵の命令で買ったのだ。そして子供達の見ている前でスイカを切り、二・三人の米兵が食べ始めたのだ。そしてスイカの赤く甘い部分を食べると、白っぽく残ったスイカの皮に近い部分を、日本の大人達に投げ与えたのだ！わしは子供心にも、なんとも傷つく思いで見ていたら、日本の大人達は、その白っぽい皮に近いスイカを、美味しそうに貪り食べたのだ！わしの脳裏には、その風景が何十年経っても忘れられずに残っている。日本の男から一切の誇りが消えた瞬間を見たのだ！ほんの二・三年前まで日本の若い兵隊達が命を投げ打って、そのスイカの皮を投げ与えた米兵と戦い、死んでいったのだ！わしはチョコレートも決して貰おうとはしなくなった。<br /><br />わしは其の時、その時代の日本人が一方的に間違っていたと言っているのではない、日本人がどうしてこのような考え方になったのか、その歴史を語っているのだ。<br /><br />戦後、アメリカも日本人がそこまで勤勉だと思っていなかったであろう、しかし、あの朝鮮戦争に際し、後方での従順な働きぶりは見事であった。アメリカも目を見張る成長振りを感じ取った。そこで改めて、日本人の養殖魚としての株が上がり、この養殖魚を肥えさせ、油が乗ったところで美味しく頂こうと考えたのか、それとも自然の成り行きだったのか、日本人全体に大きな網をかぶせ、今後、アメリカが与える美味しい餌だけを食べ、己の力で荒海に出て餌を取ろうとしてはいけない！そんなことをすれば、周辺国の平和を乱すことになり、元の軍国主義に戻る危険性をはらんでいるのだ！と徹底的に思想教育を施した。皮肉なことに網を食い破って外海に出ようとする養殖魚を一匹でも見逃すまい！と、目を光らせ、張り番をしたのが、日本社会党と共産党であった。そのバックグランドとして児童に徹底的に思想教育をしたのが日教組という教師組合だったのだ。<br /><br />結果的にはアメリカの養殖魚を育てるのに、アメリカに楯突いていたと思っていた左翼勢力も見事にアメリカの手先となって利用されたのだ。<br /><br />養殖魚の働き振りは凄かった。せっせと物造りに励み技術を盗み、改良し、優秀な製品をご主人様に輸出した。その製品は御主人様が享受し贅沢に暮らし、養殖魚はせっせとドルを溜め込んだ。<br /><br />見事、東京オリンピックも成功させ、順風漫歩の油が乗った養殖魚の喰い時の第一回があった！それが、１９８５年にニューヨークのプラザホテルに当時の先進五カ国、日・米・英・独・仏、がアメリカの指導で召集された、かの有名な「プラザ合意」の締結だった。<br /><br />そりゃ、経済だから人間の欲望のモンスターがうごめいているのであるから、色々理由はつけられるが、ともかく、養殖魚がせっせと働き溜め込んだドルは、その時点で、一ドル二百四十円だったものを、半分の百二十円にされたのだ。<br /><br />無条件降伏から四十年近く養殖魚が働いてアメリカに物を売り、溜め込んだドルは、悪いけどその価値は半分にしますよ！と見事に食われたのだ！<br /><br />次にアメリカは、このうまい養殖魚をコントロールするには、政財官を押さえ込むことであった。毎年、アメリカ政府から日本政府に送られてくる『要望書』要するにその年の『命令書』には、日本は輸出にだけ頼ってはいけません、内需拡大を図りなさい、その為には日本国全土に、箱物を造りなさい、道路、港湾、橋を造りなさい、その為に四百兆の税金を使いなさい、と、ご主人様の御指導があったのだ。有頂天になってその政策を推し進めたのが、政財官の三つ巴の巨大養殖魚組織であった。<br /><br />官僚は全国に天下り先の公益法人を作れるわ。政治家は財界と組んで、湯水の如く税金を使えるわ！と、こんな美味しいやり方があったんだと気づき、ご主人様の提案の倍近くの八百兆円を使ったのだ。全部小型養殖魚が働いた税金であった。元々、公益法人と云うのは、国民の利益を追求するために、官僚の経験を生かして作ることが許されている制度であるのに、奴らの美味しい天下り先として機能しているのである。無論税制上も優遇されている。こいつらの天下り先として、二ＯＯ五年度だけで、公益法人に約四兆円の税金が使われているのだ。なんと日本国の税収の一割も使われていることを小型養殖魚は知らなかった。<br /><br />その間も、養殖魚達は自動車、カメラ、電気製品を両手をすり合わせて、必死に売り込み、細かく稼ぎまくると、今期は最新ジェット戦闘機を何十機買いなさい、軍艦を何隻買いなさい、自衛隊の武器は全て、ご主人様の言い値で買いなさい、と、ごそっと喰われてきたのだ。<br /><br />湾岸戦争は、アメリカの作り過ぎた最新兵器の在庫整理をするのにもってこいの機会だった。日本はその在庫整理の武器の為に、赤子から大人まで一人一万円、すなわち一兆三千万円の金を出さされ、その上、世界から嘲笑された。<br /><br />最新兵器を持つ「正義の殺し屋」、アメリカン警察隊に、裏で銭を払っている平和主義、日本なのだ！<br /><br />仕上げに、アメリカは銭に困れば、世界貿易通貨の強みで、バンバン米債を発行し、日本は否応なしに空手形を買わされて来た。総額六千五百億ドルに近い金額だ！売るに売れない債券だァな。アメリカの経済が沈んだら、この債権はどうなる？！<br /><br />&nbsp;&nbsp; 1. 戦後六十年、日本国は安保条約というアメリカの核の傘の下で守られて<br /><br />来たんだ‐‐‐と、自ら言い続け、アメリカからも云われ続け、高い安保料を払って来た。しかし一度として朝鮮や中国から攻め込まれたことも無いし、それほどの危機もなかった。もしそのようなことが当時起これば、アメリカはたとえ日本との安保条約がなくとも、米国が絶対譲れない縄張りの中の筆頭である、不沈空母・日本国である。そんな基地を失うことは、アメリカは武力を持って許さなかったであろう。今までの世界情勢の流れから見ても、周辺国は日本に対して軍事行動を起こす状態ではなかったのだ。<br /><br />そして、この北朝鮮の拉致問題だ、始めて、日本国が侵されたのだ。国際的に言えば、やった事はあまりにも小さい出来事ではあるが、アメリカにとって北朝鮮には石油はない、歯牙にも掛けないやくざ者だ、まあ、あらゆることに失敗したブッシュの花道にもなるめぇが‐‐‐、こじれれば、六カ国協議だという。よその四ヵ国は日本と安保条約は結んでいめぇ！その上、六カ国の内、アメリカ、ロシア、中国は核保有国の大国であり、その上、やくざの北朝鮮が原爆を持とうてんだ！その殺し屋を裏から支えているのが、中国共産党一党独裁の軍国主義大国家なのだ！中国にとってはこのやくざ集団を懐に入れておきながら、わしが口を利かなければ北朝鮮は言うことを聞きませんよ、と殺し屋を外交に使っていやがる。頼りのアメリカは結局手前の都合で北朝鮮のテロ国家の枠を外すって事になる。唯一、安保条約の範囲で日本があれだけお願いしていた拉致問題もどこ吹く風だァな。<br /><br />日本国は戦後六十年以上経っているのに、未だ独立していないのである。<br /><br />もし、実質的に独立しようとすれば、マスコミを始め、心あると証する半左翼から平和主義者と勝手に思い込んでいる、大半の指導者達が『軍国主義の復活だ！』と騒ぎたて、日本国の独立を妨げ、養殖魚のまま、最新兵器の武装集団に銭だけ送り続けて、その裏に隠れて、平和バンザイとほざいていやがる。<br /><br />その上歴史の流れは、世界中の経済は一枚岩の上で津波をかぶり、溺れかかっている。もはや世界大戦を起こせる状態ではない！<br /><br />歴代の内閣も野党すらも、御主人様の言う通りにせよ！御主人様から離れたら飢え死にすることになる、と、養殖魚を脅かし続け、肥え太らせてきたつもりだが、養殖魚の宿命で、免疫力も衰え、油も落ちた。<br /><br />結果的には食い尽くされ、養殖魚は一匹、四百五十万円以上の借金を背負わされたのだ。アメリカにとっても、もう旨みもない、残った養殖魚である。そろそろ中国に売っぱらってもいいかとも考えているかも知れないし、地理的には、沈まぬ航空母艦として、まだ使える国土であると計算もしているかも知れないのだ。<br /><br />周辺国、特に中国は、食い残しとはいえ、まだまだ日本国民の貯金が千兆と四千億円もある美味しい養殖魚だから、脅したり、すかしたりしながら、日本国をコントロールしようとしている始末だ！<br /><br />もはや、ここまで来たらしょうがないのかもしれない！？<br /><br />まあ、御主人様の金融政策も、自由で公正、そして透明な市場経済をグローバルに展開する、と、紳士面で、天文学的なインチキ金融証券をウオール街より発信した詐欺行為が発覚した。最初はエンロン当たりから馬脚を現していたアメリカの金融企業も、格付会社そのものが嘘をついていたということは、経済の裁判官が買収されていたのだ。レストランの格付けじゃあるまめぇし、星三つ・四つの世界で買収があったようなことじゃ済まされめェ！その上ご丁寧にも、そのリスクに保険まで掛け、それをおまけに金融証券にして高い利率で売りまくりやがった。その結果、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メルレリンチ、リーマン・ブラザーズ、ベア・スターンズ、ＡＩＧ（アメリカン・インターナショナル・グループ）と、ウオール街が壊滅寸前の態を示し、世界恐慌の恐れまで来てしまったのだ。<br /><br />国内総生産の十倍ものデリバティブとかいう、ややこしい名前を付けた、いんちき投機は、天候から石油、穀物まで、丁半博打の対象にしやがって、その先で穀物を作り、石油を掘っている人間達を置き去りにしたウオール街のエイリアン共、そいつ等に、だぶつくほどドルを刷って供給した、ＦＲＢの怪物組織、<br /><br />投機は市場効率を高める、とかおっしゃった、ノーベル経済学賞も当てになりゃしないのだ。経済学なんていうものは、高校生でもわかることで、要するに需要と供給のバランスだけなのだ！製品や原材料の純粋な貿易に必要な銭の何十倍も多く銭を刷りゃァ、欲のモンスターが博打場で銭を使うに決まってらァな。まあ、言ってみれば、わしらがやっている悪徳商人や悪家老でもそのくらいのことは解っているてぇもんだ。<br /><br />しかし、つらつら考えるに、アメリカの自由経済の神話が壊れ、地球にとっては最悪な害虫である人間社会全体が、根底から崩れようとしているのだから、ここまで持った日本はこれで良かったのかも知れねヱ。なんたって、世界の五人に一人の子供が飢え死にしかかっている時に、世界一の長寿国になったんだ！<br /><br />二千十二年辺りというが‐‐‐、意地悪じじいは、あの世から人間社会の惨状を見ることにするぜ。 <br /><br />追伸<br /><br />出来ることなら人間の魂がレベルアップし、昇天することを祈る。<br />&nbsp;]]>
        
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    <title>平成の首切り浅右衛門</title>
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    <published>2009-12-04T11:39:22Z</published>
    <updated>2009-12-04T11:50:10Z</updated>

    <summary>日本の歴史に興味を持っている方は御存知だろうが、江戸時代から明治の初めにかけて、...</summary>
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        <name>亀石征一郎</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[日本の歴史に興味を持っている方は御存知だろうが、江戸時代から明治の初めにかけて、武士の世界で一番暗く、穢れとされた、斬首刑執行人のお役目があった。その最たる家系が初代の山田浅右衛門から始まり、八代続いた家系である。七代目、八代目は浅ではなく、朝の字に変えている。<br /><br />さてこの山田家は、将軍家の刀剣の試し切りのお役目を仰せつかっていた家系である。そのために罪人の首切り役として、「将軍家お試し御用」という役職名が付いていたが、身分はあくまでも浪人であった。<br /><br />罪人の首をただ刎ねるといっても、罪人を苦しめずに、一瞬にして首を刎ねるには大変な技術と胆力が要ったはずである。<br /><br />その為の剣術の鍛錬も重ね、人の首を刎ねるという重苦しい罪悪感にも耐えねばならない。しかし、恩恵もあった。当時薬剤がそれほど発達していない時代に、自分が首を刎ねた死体から、脳味噌、胆嚢、肝臓、陰茎を払い下げてもらい、乾燥させ、「人丹丸」とか「慶心丸」とか名前を付け、丸薬として売っていた。普通に考えても、牛の肝や豚の肝は肝臓に良いといわれているのである。ましてや人間の肝である。当時高値で売れたことは間違いない。ゆえに山田家は大名家ほどの収入があった。<br /><br />首切りの人生である。己自身、心が鎮まることも無く、数え切れないほどの咎人の首を刎ねるのである。故に片方では、死者の為の供養塔を建てたり、貧民の救済など、浄財に心がけても居た。しかし、たえず「死の淵」を見続ける人生であった。何十人、何百人の「死」を共有する人生であった。病で亡くなる人間を見届けるのではなく、己の手で「生」から「死」への最短距離を作り出し、瞬時に飛んだ罪人の意識を被るのである。霊にもならない生の意識を背負うのである。背負いきれないほどの不完全な零体を無数に背負うのである。<br /><br />中には、首を斬られることに恐怖のあまり、暴れまわる罪人も居た。肩を抑える役人も持て余し、首が定まらないのだ。<br /><br />そんな時、朝右衛門は抜刀したまま、しばらくその罪人を見下ろしていて、<br /><br />『今日は中止じゃ。』と、刀を納める。すると罪人はしばしの命乞いが出来たと思い、ほっと肩の力を抜いて、おとなしく首をうなだれるのである。その瞬間、朝右衛門は抜き打ちで首を刎ねるのであった。それも、罪人の首の皮一枚を残して刎ねる極意を持っていて、斬られた罪人の死体は、皮一枚で繋がっている斬られた首の重さで、そのまま、つんのめる様にして前の穴に落ちていくのであった。故に朝右衛門は返り血を浴びることが無い。<br /><br />七代目の朝右衛門は吉田松陰や大久保利通を暗殺した下手人の首も刎ねている。<br /><br />中には「お世話を掛けます。」と静かに首を刎ねられる者も居た。<br /><br />人の死に様は、人それぞれであると言うが、斬首で死ぬという結末は一種類に絞られるわけである。その瞬間は斬る側と切られる側は一体である。しかし、首を刎ねた直後の意識は、斬る方に全ての負担となって残る。因果な家系であった。 <br /><br />朝右衛門は首を斬る前に必ず涅槃経の四句を唱えたそうだ。<br /><br />三代目、浅右衛門吉継の辞世、<br /><br /><b>一振りの　枕刀や　時雨鳥　　　</b>　　　　<br />（時雨には、涙を流すという意味もある）<br /><br />四代目、吉寛の辞世<br /><br /><b>蟋蟀（コオロギ）や　地獄を巡る　油皿　　</b><br />（油の中に落ちたコオロギの様であろう）<br /><br />人の苦しみの極致を見続けた人間の辞世である。 <br /><br />刀剣のお試しには、只首を刎ねるだけではなく、首を刎ねた後もその死体の胴斬り、すなわち鳩尾（みぞおち）のところを切る。後は臍の下、骨盤切り、袈裟斬り、三つの胴を重ねて斬る三つ重ね斬り、などあらゆる角度から試し斬りを行う場合もあった。<br /><br />さて、以上は江戸から明治に掛けての首切りの話である。<br /><br />今現在、企業の多くが首切りに悩み、そして実行している。<br /><br />わしが良く行く呑み屋は、常連客が大半で、男の港になっているような酒場である。男一人が会社帰りにぶらっと立ち寄って、客同士が話し、ママ一人で気ままに客の相手をし、家庭に帰って味合うような安らぎを求めて常連客は立ち寄るのである。今や家庭に帰ると、生活という現実を突きつけられ過ぎて、かえって今の亭主は緊張する場所になっているのかもしれない。皮肉な時代である。<br /><br />その上、男一人が立ち寄って、何かうまいものを食い、ほっと酒が飲めるような呑み屋が最近は少なくなったのである。しらけた場所で一人で酒を注文しても、そそくさと帰らなければ気まずくなるし、居酒屋で一人で飲むのはもっと淋しかろう。また会社の近くの呑み屋では、結局会社の延長で、只、同僚の愚痴や仕事の話に成ってしまうのが落ちであろう。男達が仕事を忘れ、家庭も忘れ、一人の男になって呑める場所が無いのが現状であろう。その点この店は架空の大家族の安らぎを得て、結構本音を漏らし合う場所になっているのである。<br /><br />実名を挙げるわけにもいかんから、仮に「安楽亭」と山本周五郎から名前を借りることにする。この「安楽亭」は結構大きな企業の単身赴任者、それも相当な地位の男たちが集まる場所でもある。職業はまちまちだが、わしはその中に入って、「肩書きを忘れろ！」「一人の男として話す場所なのだ！」と変な掟を作ってしまった。それがかえって、常連客が安心して飲み、話に花が咲くのであった。まあ、わしの毒舌を良くみんな我慢もしてくれている。感謝である。<br /><br />ここに一人の物静かな品の良い男が常連客に居る。いつも人の話をニコニコしながら聴き、わしとは正反対な優しい紳士である。しかし、詳しくは聞かぬが、この紳士はちょくちょく職場が代わるのである。それも一流企業の人事部に<br /><br />へッドハンティングされるのであるが、必ず数ヶ月でまた別な企業の人事部に移るのである。それもいきなり、人事部長などという肩書きすら付くときもある。彼が或る時、一つの会社を辞めた折、「私は出家するか、どこかお寺で修行したいと思うのです。」と言い出した。常連客は「それはいけない！まだ歳も五十歳そこそこなのに、まだ働かなければもったいない！」と常連客はみんなその説に反対した。その後また彼は思い直して、再就職をした。こんな時期に、高給で再就職できること自体が不思議だと思っていたわしだが、ある時、ハタと気づいたのである。そうか、彼は悩みながらも平成の首切り執行人をやっているのだ！これはあくまでもわしの想像ではあるが、他に考えられないのである。大企業の卑怯な上役共は、一緒に長年働いてきた同僚の首を切る負い目から逃れたくて、一時的に首切り執行人を雇い入れるのである。だから一応首切りの員数が達したところで、その執行人はお役目御免と成るのである。<br /><br />彼は職業として外見は穏やかで、優しく接しながら、結局社員の首を容赦なく切るのである。その手腕を浅右衛門の如く買われるのであろう。<br /><br />わしは彼の職業を軽蔑はしない。しかし、大本の企業の上役共の卑劣さを軽蔑する。自分では手を下さない、手を汚さないコイツ等の体質、そして、そいつ等が支える企業の体質は日本の武士道に反するのである。共に傷つくのを逃げやがるのである。浅右衛門はちゃんと首を刎ねる人間の痛みを背負っていた。この『安楽亭』の紳士も相当な痛みに出家まで考えたのである。<br /><br />今日本から武士道の精神、日本人が長年培ってきた日本的な「精神の美学」が消えてしまった。それは会社からも組合からも、家族から個人まで、基本的な精神の美学が消えてしまったのだ。痛みを分け合うという精神すらも消えてしまったのだ。相手を殺しても、殺される側の痛みを引き受けないのである。<br /><br />それは冷暖房の利いた部屋からミサイルのボタンを押すようなことなのだ。<br /><br />殺す相手の顔を見ないのである。テレビに流れれば、それは他人事であるし、やはりお笑いの世界と同じ次元で見ているのである。<br /><br />役人共が不祥事を起こし、それが表沙汰になると、外部からの折衝に対して、張本人の偉い役人は絶対に顔を見せず、下っ端の係長辺りが表に出て答えるのである。犯人は顔を見せないのである。<br /><br />首を刎ねられる者達よ！最後まで暴れるのだ！<br /><br />自分が理不尽に殺されるのだ、相手を殺す気で戦え！<br /><br />無実の罪で首を斬られる人間が現代ではあまりにも多い。 <br />&nbsp;<br />&nbsp;]]>
        
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    <title>人間！人間！人間―――</title>
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    <published>2009-11-26T07:26:00Z</published>
    <updated>2009-11-26T07:42:18Z</updated>

    <summary>今回は意地悪爺が、ハスッカイに人間社会を見つめて、ひねくれるだけ捻くれて、この世...</summary>
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        <name>亀石征一郎</name>
        
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        <![CDATA[今回は意地悪爺が、ハスッカイに人間社会を見つめて、ひねくれるだけ捻くれて、この世を見回してみよう。<br /><br />ぶっちゃけ、やはり、勝ち負けしかないのか？<br /><br />いくら高らかに、平和の祭典！と謳い上げても、オリンピックも所詮勝ち負けである！戦争である！そのためのトレ―ニングである！兵隊の訓練である！<br /><br />国同士の戦いである！その国の虚栄の張り合いであるし、国力の表現である。<br /><br />子育ても、受験も全て勝ち残るためであろう。<br /><br />では芸術は？やはり世に出るためには幾つもの戦いに勝ち残って行かなければならない！審査、審査を勝ち抜く為のトレーニングである。<br /><br />経済社会は勿論のこと、生きるために働く世界が全てが戦いである。<br /><br />世の中、人間社会で闘わない部門が果たしてあるのか？<br /><br />無いのだ！<br /><br />仏門すら、誰が認めるのか、正解の無い修行の中で誰かが認め、位をつけられて行く。名僧とか愚僧とか、誰が決めることやら‐‐‐また、飯の種を得る為の組織は戦いである。餌を運ぶ奴がいなければ、座っちゃ居られない。<br /><br />よくよくこの世を見渡せば、人間社会は根底から間違ったスタートをしてしまったのか？このような弱肉強食社会を作るように神が設定したのか？<br /><br />根源的な問題であるが、これをとやかく言っても、このように設定された人間社会なのである。<br /><br />愛や感動は瞬間の中にあり、それも安楽の中には無く、苦しみ抜き、貧乏のどん底で感じる瞬間ばかりなのだ。貧乏や不幸の裏づけがあって、物語に感動や愛が表現される。平和で豊かな場所から感動や愛の物語が生まれて来ない。<br /><br />今までの名作と言われる物語は全てそうである。<br /><br />人間そのものが、不幸な存在なのだ！それを色々誤魔化しながら、言いくるめながら、物語は進む。心とか善意とか救われるとか、修行とか‐‐所詮、言いくるめているところがあるのだ。最後には死というゴールが絶対的に待ち受けているのだから、何を持って救われるかというと、死を持って救われることになる。<br /><br />しかし死ぬことが一番不幸だと思いつめている人間は、死ぬまい！死ぬまい！と、七転八倒しながら生きている。だから根底的に矛盾を抱えながら生きているのが人間なのだ！<br /><br />人間は何処から来て、何処に行くのだ？と疑問を抱きながら、美を求め、愛を求め、心を求め、これが美だ！愛だ！と、はっきり見つけ出し、心を手のひらに乗せた天才は見つからない！その過程の真っ只中で、失意のうちに死ぬか、狂気のうちに沈んで行くのだ。あったとしても瞬間の感動である。<br /><br />そこに尚困ったことに、人間は欲望の裏付けから始まる際限のない幻想にのめり込み易いのだ！この欲望が一番の原動力になって世の中が動いているのであるから、なおさら世の中は狂気の沙汰になってしまうのだ。<br /><br />だから仏教では『足るを知れ！』という。<br /><br />欲望をほどほどに抑えよ！と言う事なのだ。そのくらいしか今人間に言うことは出来ないのだ。<br /><br />根源的に戻るならば、縄文時代までで止まっていれば、こんな矛盾した、人間同士の殺し合い社会を作らなくて済んだのだ！戦う相手は自然の厳しさだけだったのだから、自然の中で自然と共に生き、木の実や動物を糧にして生きていた程度でよかったのだ。さすれば難しい論理も悟りもいらなかった。自然に逆らった食料を大量に作り出したところから人間社会の不幸が始まったのだ！<br /><br />しかし今更そんなことを言っても始まらない。<br /><br />まあ、滅びることが解決なのだろう‐‐‐<br /><br />そう言ってしまっては、実も蓋もない。だから、ああでもない、こうでもない。と思想、哲学、宗教などがいろいろ説くが、正解は無い！根源的に人間社会が間違っているのだから、そこで、こうなったら人間の力で全てを解決しようと、科学という奴が頑張りだし、原爆までたどり着いたのである。<br /><br />新種の病を作り、それを退治する抗生物質を開発し、その結果また新種の病を作り出していく。エネルギーを開発すればするほど、人間を自然から遠ざけて行く、それは自分たちが住んでいる地球から遠ざけている事なのだ。やはり人間の営みは滅び行く醜悪の宴である。<br /><br />もう笑うしかないのか！悲しんでいた段階は十九世紀くらいまでであった。<br /><br />二十世紀が終点だったから、そこから先は終点を広げる事にてんてこ舞いしているのだ！<br /><br />だから終着駅は混み合い、穢れる一方である。人間社会は終着駅に着いてから既に、二世紀目に入るのだ。ますます混乱するであろう。<br /><br />やはり、一発芸で虚しく笑うしかないのか？もう酒の酔いも醒めた。<br /><br />元気のまま、うまくあの世へ行く方法は無いものか？！<br /><br />これもまた業である。<br /><br />お迎え酒に酔うしかあるまい。<br /><br />さて、意地悪爺が常識だと思い込んでいる人間の営みの一つを解剖してみよう。<br /><br />オリンピックだ！<br /><br />まず、北島選手には悪いが、たかだか五十メートルほどの箱を作って、そこに水を溜め、その中でどちらが速いか競うことに何の意味があるのだ！所詮人間は魚には成れないし、東京湾から大島程度までも泳げないのである。陸の生き物が何で魚の真似をしなければならないのだ！魚から見れば馬鹿か！と思われるであろう。子供が水遊びして楽しむ程度で止めとくべきであろう。<br /><br />スキーである、山から滑り降りる速さを競っているが、これも子供の橇遊び程度以上に何の意味がある！<br /><br />整備された競技場で百メートルの速さを競ってなんになる！昔、獲物を追いながら、森や林をかいくぐりながら素早く走っていた頃には、早く走ることに意味があった、それも厳しい自然の中で生きるが為であった。<br /><br />マラソンも、しかり、である、昔は走って情報を伝達していたから速く走ることも必要だった。しかし今は良し悪しを別として、条件がまるで違っているのだ、極端なことを言えば、そんなに走ることに命を懸けるのであれば、自動車や新幹線を作るなよ！<br /><br />ハンマー投げ、槍投げ、棒高跳び、等々、古代ではそれが人殺しの手段としての生存競争であったのだろう、ならばミサイルを作るなよ！<br /><br />フィギュア・スケートは踊りとして美しいからあれは良い。意地爺の独断である。<br /><br />押しなべて、オリンピックの種目を徹底的に洗い直し、現代の人間にとってどういう競技がふさわしいか、もう一度考え直したらいいと思うぜ。<br /><br />所詮、今じゃお遊びの延長事で、国が争い、選手は命がけでトレーニングしているのだ。あれで実際、国同士の揉め事を具体的に調整出来たかというと、かえって国同士の競争を煽る結果に成っている。<br /><br />京都議定書がオリンピックになってもいいはずじゃねえのか！食糧問題をどこのチームが一番良い解決方法見つけ出すか、殺し合いをしない方法をどこの国のチームが一番良い方法を提出できるか、イスラムと西欧の解決方法は無いのか、世界の全ての芸術や匠のすごさも一緒に競っても良いではないか、別々にやらず、世界のオリンピックとしてやればよいのだ。<br /><br />身体障害者が車椅子のスピードを争うより、この生きずらい社会で生きる技術をどう養ったか？その凄さを競った方が障害者の助けになるし、励みにもなるはずである、あんな形で障害者がアスリート化すれば、そんな極端な努力が出来ない障害者の方が圧倒的に多いのであるから、かえって、そんな努力が出来ない自分に落ち込んでしまうぜ。<br /><br />実際に人間がこれから生きていく大問題になると、それぞれの国が、エゴ丸出しで、争うくせに、オリンピックというお遊びの競い合いだけ、平和の祭典なんぞと言いながら、これも国同士の隠れた戦争をしていやがる。<br /><br />その中で必死に競う選手達も可哀そうな話だ。やはり鍛え上げられた戦士ということになってしまう。<br /><br />国の威信をかけて、とか、日の丸を背負ってとか、やはり特攻隊精神だァな。<br /><br />アスリート達が目的を持って努力している姿と、その結果の喜びを共有することが一般の人々に勇気を与える、と言うが、落ちこぼれていった人間のほうがはるかに多いし、オリンピック競技は一般の人間から見れば、所詮、途方も無く遠い世界である。<br /><br />一般の人間が一体何処に、百メートルを十秒で走れると思っている奴がいるか？！てんだ！あれを見て、俺も頑張ろうと思う奴がいるか！？<br /><br />街の原っぱや路地で遊ぶ楽しさを教えてやりたいもんだ。一般生活でサッカーも出来ないだろう、バスケットすら日本じゃ出来ない、それぞれ、チームに所属し、お遊びではない特別な世界に入らなければ、身近で遊べないのだ。<br /><br />全て、お題目の世界である。何かの建前である、国家の宣伝、企業やマスコミの儲け口である。それを如何に、国民の盛り上がりに結びつけるか、必死になっている。<br /><br />苦しみや不安を抱かない人間なんぞ、世界中に一人もいないのだ！<br /><br />ならば苦しみと不安の極致を争ってもいいわけだ、そうすりゃ随分救われる人々が出てくるぜ、こんな苦しみを持つ人間が居たのか、こんな不安を抱える人が居たのか、その極地を争えば、マイナスが何乗かされると、プラスに変化するのだ！そこから人間が勇気を奮い立たせるのだ。<br /><br />人間が様々な苦しみや不安から立ち直った芝居を、オリンピックで競ってもよい。<br /><br />音楽でも絵画でも、世界中の人間がいっせいにボタン式で投票できるだろう。今の技術ならば可能なのだ。一般の人間が審査員になればよいのだ。<br /><br />おおよそ、すべからず、人間の営みからかけ離れたものが、表沙汰になり、その裏の部分で、いわば日陰で人間のほとんどの生活が営まわれている。だから人間はいつも日陰から青空を探そうと、首が痛いくらいに見上げながら生活しているのだ。だからすぐ疲れるし、すぐ下を向いてしまうのだ。みんながオリンピックのような祭典の審査員になるべきであろう。その為にはどちらが速かった、どちらが下になったか程度の競技じゃなく、全世界の人間が生活を通して判断するような競技にしてもらいたいのだ。<br /><br />実際単純すぎる競技だから、選手はますます残酷に苛烈な競争を強いられるのだ！魚になれないのに、魚になろうとし、チーターになれないのに、只速く走ろうとしている。人間には人間の競う事があるはずではないか！<br /><br />周りをちょいと見回してみねぇ、君達が常識だと思い込んで、競っている事が多々あるはずだぜ。<br /><br />今君の子供が取り返しのつかない青春の一頁を使って、東大に入ることがその後の人生を幸せにすると思い込んでいるのかい？東大に限らず、今、ブームだと思っている方向は、君の子供が実際に社会で働きだし、これからと思う頃は、そのブームは終わり、衰退するのだ。今現在、ＩＴ世界が終わろうとしている。次は食料の改革かもしれない、それなら、今のうちに方向を確かめ直したら良かろう。今みんな公務員だと思っているかもしれないが、もう間もなく、一番厳しい世界になることは目に見えている。一時、保険会社、銀行が一番だと思って大学に進学したろうが、現在、銀行や保険会社に入って五・六年の若者がどんな状態で働かされているか実情は知るまい。これらの会社で美味しい思いをした連中は、今、高い年金暮らしをしている奴なのだ。もう終わっている世界だ。今現在、大学生の就職先のトップは総合商社だそうだ、まさに先行きが見えない証拠であろう、総合商社は極端に言えば、ラーメンからミサイルまで商っている、日本独特のブローカーである。ではブローカーになりたいのか・と聞けば、恐らく首を傾げるであろう。すべからく、己の心の中の本音すら見ずに、只、将来飯を食うのによさそうだ、そんな程度の感覚である。医者も弁護士も然りである。毎日病人と接触し、病と戦うリアリズムを本当に考えているのか？！<br /><br />弁護士が犯罪の愚痴と残酷さを毎日聞き、どう正義を貫くかリアルに考えているのか？！<br /><br />子育ては二十年先を読み切らなければならない、そんなことは不可能なのだから、今の青春をどれだけ本物にするか、本人の直感を信じてやるしかあるまい。<br /><br />今、常識だ！と思い込んでいることが、二十年も続かない、これからはもっと早く変化して行く。人間の営み自体が危うくなっているのだ！だから、良かろうが悪かろうが、人間は焦り、頭脳をフル回転させて変化するスピードを上げて行くだろう。だから思いもかけぬ天才も現れるだろう。そんな天才達が沢山現れて、人間社会が救われるか！？やはりそっちに期待するしかあるめぇ。<br /><br />その為には、今の力ある大人達がいち早くそんな若者を見抜き、援助してやることが大切だろう。問題は力有る大人に見識があるのか？目先のエゴイズムだけを追いかけ、権力にしがみつこうとする奴ばかりだし、有り余る金は老後の贅沢だけに目が向いていうる浅ましさだ。また組織で出世する奴は只、只、卑怯な奴が多すぎることだ。<br /><br />人間社会の仕組みが根底から崩れようとしているのだ！<br /><br />共産システムが崩壊し、資本システムが崩れ、次に一体、人間社会はどんなシステムを構築するのか？！何も見えていなかろう、グローバルの矛盾も突きつけられた。一応世界が金融危機から脱したら次に何が起きる？！紙幣を刷りまくった赤字大国ばかりになり、後は食料すらまともに確保できない貧困国が残るのだ。各国がガードを固くし、互いに疑い、関税だア、資源だア、食料だア‐‐と、煎じ詰めれば刷りすぎた紙幣は食えないのだから、ますます、軍事力を背景に、人間が生きる根本を守るために国境線を争い、土地と資源の拡張を競うかもしれないし、ますます、貧困と民族問題が勃発する可能性が大きくなるだろう、何故って、命に関わる貧困は、やけっぱちの戦をするしかなくなるからだ。イスラムと西欧の戦いだけでは済まなくなるだろう‐‐‐<br /><br />果たして、この人間、人間、人間達は生き残れるのか！？<br /><br />階級闘争も政治闘争も世界を平和にはしなかった、産業資本主義闘争から金融資本闘争まで節操も無く進み、崩壊したのである。あと何がある？！オバマがいうように、「チェンジ」であろうが、果たして、どうチェンジするのか？未知なる物である。<br /><br />答えは、人間自体がレベルアップするしかないのだ！それにはどうしたら良いのか？今までの学問や常識を全て捨て去り、人間本来の人間力見つめ直さなければなるまい、人間力を養うにはどうしたらよいのか？天才達が悩んだように、人間は何処から来て、何処に行くのか？そこから考え直すことであろう、宇宙からのメッセージに全ての五感を研ぎ澄まし感じ取ることなのだ、その為には、心を曇りない鏡として磨き上げ、人間が本来、神というか、宇宙の根源のエネルギー帯から平等に授かり、忘れ去ってしまった力を思い起こすことから始めなければなるまい！<br /><br />そんな中から湧き上がるエネルギーを見つめ直し、人間社会の新しいシステムを構築し直さなければならないのだ！<br /><br />こんな抽象的なことを言えば、意味が判らん！とおそらく言うだろうし、新興宗教じゃねえのか？！と疑うかもしれないが、考えても見ねぇ、君達が必ず死ぬという精神的な抽象の部分は理解していなかろう、肉体的に癌で死ぬ、とか、心筋梗塞で死ぬ、とかは理解しても、死ぬ寸前まで、息を引き取るまで、てめぇの精神状態の抽象は理解しておるめェ、そのとき、神が、天空からのメッセージがどんなことを伝えるか判っちゃいめぇ、だから元気なうちにメッセージを聞き届け、生きる糧とし、経済も含め、幸せな生き方を知るほうがいいに決まっているのだ。<br /><br />あの愛する自分の子供を授かり、腕に抱いたときの、ぬくもりと確かな重量感を思い浮かべてみねぇ、あの抽象的な実感は少なくとも思い出せるはずである‐‐‐掛け値なしの『愛』という抽象であったし、確かな実感であった。<br /><br />それに引き換え、『死』という抽象を実感はしていめぇ‐‐‐<br /><br />この地球に人間として生命を授かった根源的な力は、決して偶然ではないのだ！宇宙からの根源的なエネルギーを授かったのだ！<br /><br />具体的に言えば、地球上のほんの薄皮の上で暮らし、自分達人間が全てを作り上げてきた文明だと奢っていたシステムは、地球という大きな生き物に寄生したダニ程度の文明なのだ。宇宙の全てが生きており、地球もその中の小さな生命体なのだ！今までの君達が信じていた価値観が根底から崩れたのであるから、新しい価値観を見つけ出さなければ成らない筈である。<br /><br />もっと具体的に言えば、今までのやり方では、銭も儲からないぜ！と言っているのだ！その為には、この意地悪爺のように、まず常識を捨てよ！今までの学問と思っている、詰まらん知識を捨てよ！自分の本音すら忘れてしまった君達！本音の奥底に眠っている勇気を奮い立たせよ！それが本来の力の源泉なのだ！そこから出世も金儲けも組立直せ！と言っているのだ。<br /><br />確かにリンカーンから二百年足らずの歴史しかないアメリカの変化は素早い、黒人が大統領になった変革は凄い、奴隷制度から始まって、人種差別を潜り抜け、大統領になったのである！確かにチェンジである、一千年以上の歴史ある日本国も根底的に価値観を見直さなければなるまい！明治維新の高官達が海外に行き、冷静に各国を見つめていた深さは慧眼であった。今、政治家や高官がだめなら、国民が変わらなければなるまい！本音の奥底に眠る力を信ずるのだ！<br /><br />本音の奥底の力に教養をつけるのだ！その部分を研ぎ澄まし、真の学問を注ぎ込むのだ！<br /><br />今、日雇い派遣は人事部ではなく部品の仕入れ部門で取扱っていると言われる。労働力を部品として扱っている！と、心あるらしいコメンテーターたちが怒るが、果たして商品で無い労働力があるのか？！銀行という綺麗なショウインドーに飾られた銀行員という商品、オフィスビルに飾られたサラリーマン、大手メイカーのロボット達、これら正札つきの商品は、めったにバーゲンセールには吐き出されない。少々、店は汚いが実用的な安い商品、もっと下がれば、バッタ物、青空市場で売られる商品、ドロボー市場に吐き出される商品、君達は自分は違うと思っているだろうけれど、天から俯瞰で見ればどれも同じ体制の中で、同じ価値観の商品なのだ、労働者なのだ。これらの価値観を根底から見直せと言っているのだ！<br /><br />ちなみに日本の議事堂というオペラハウスに並ぶ猿人形のような楽師達、これも君達が作った商品なのだ。もっとましな商品を作れや！両手で安もんのタンバリンをうるさく同じリズムで叩くだけで、音楽にもなっていないぜ！第一、指揮者に才能が無い！交響楽どころか、演歌にもロックにもなりやしない！その上聴衆も勝手に騒いでいる始末だ。オペラハウスは只騒音の坩堝と化している。<br /><br />繰り返して言うが、若者達は、まずスタートから、己の本音の部分を見つめ、その力を養い、飯の種を探すのだ！<br /><br />今までの体制の中に人生の全てを注ぎ込み、本音を殺し続け、肝心な本音すら忘れ去り、結果、大人達は幸せになったのか？<br /><br />わしとはまったく無縁な世界であったが、あの東大安田講堂での全学連の共闘を体験した若者達は、ちょうどわしと同じ世代である。たまたまあの戦いをした闘士達の今をＮＨＫで取材していたが、やはり、二十歳前後の青春の思いは、未だに生々しくそれぞれの心の中で生きており、その後の価値観に少なからず影響しているのだ。あの番組の中で、大学側の総長代理の顔が一番醜かったし、嘘顔のまま人生を生きて行ったのであろう。どちらも年齢はみんな七十歳前後である。青春時代は喩え青臭かろうが、本音を晒し、その本音を信じ、行動した若者はやはり人生の生き方をそれぞれ見つめ続けていたのだ！若者達よ！ここに至っても綺麗なショウインドーに飾られることばかりを考えていたら、世界の変化にとても付いて行けないぜ！<br /><br /> ]]>
        
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    <title>意地悪じじい―――その一</title>
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    <published>2009-11-20T15:00:21Z</published>
    <updated>2009-11-20T15:22:52Z</updated>

    <summary>国技―相撲 想像してみねえ、歌舞伎座でハリウッドスターのジョージ・クルーニーが勧...</summary>
    <author>
        <name>亀石征一郎</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.etbw.net/blog/kameishi_seiichiro/">
        <![CDATA[<b>国技―相撲 </b><br /><br />想像してみねえ、歌舞伎座でハリウッドスターのジョージ・クルーニーが勧進帳で弁慶をやり、フランスの若手スターのブノワ・マジルが義経をやっている風景を！それでも日本特有の伝統文化だと胸を張れるかい？！<br /><br />今月の国立劇場の出し物、リチャード・ギア主演の「魚屋宗五郎」てんだ！<br /><br />もう死んでしまった司馬遼太郎だったと思うが、ジーンズは始め、アメリカのカーボウイが穿いていて、アメリカの独特の文化だったんだ、それが世界中の男も女も穿くようになりゃア、それは文明ってんだ！と言っていたような気がするぜ。<br /><br />柔道はとっくに日本の武道ではなくなってるだろう、そうなりゃただのスポーツ競技だァな、そこには、武道の精神なんぞあるわきゃねえ、あの北京オリンピックの無様な柔道と称する、まがいもんのレスリングを見てみねえ！<br /><br />相撲もそうだろうが、文明にはまだ程遠く、それでいて日本独特の文化としての「相撲道」が壊れてしまった無様さが、相撲協会のジレンマだろう。<br /><br />過って、栃錦・若乃花、あの両者の凄まじい相撲の極致を観て育ったわしだァ、その後大鵬・柏戸、これも一歩も引かない両者だった。そして千代の富士、貴乃花あたりまでが相撲だったのだ。<br /><br />何故壊れてしまったのか、文楽のように衰退していくのが怖かったんだ。あまりにも銭が儲かる世界でもあったからな、文楽の如く絶対に文明にはならない地味で高度な芸術性を汲々と守り続けるのが文化なんだ。<br /><br />直径四メートル五十五センチの土俵の上で、一瞬を争う相撲は、神に奉納し、五穀豊穣を願う神聖なる儀式でもあるんだ。神に許された者のみが横綱の名誉に浴し、落ちることの無い頂上で、束の間――綱を張ることが出来るのだ。<br /><br />そんなことがあのモンゴルの餓鬼に解かる訳もなかろう。またそんな精神を今や親方衆も建て前としては知っているだろうが、やはり気になるのは自分の部屋の力士の勝敗のみだァな、勝敗と力士の出世が即、銭に結びつくからな。<br /><br />そうなりゃ、相撲協会は客の入りが一番問題だ、外国の選手だろうが、ロボットだろうが連れて来たくなるのが人情ってもんだろう。<br /><br />来る方も、「相撲道」に憧れて来たわけじゃねえ、勝てば銭が稼げる！この一点だァな。<br /><br />しかし、この事態をいつの間にか国民が許し、楽しんでいるなら、まあいいか、とも言える。相撲は世界的にはならんだろうし、日本という小さな世界で、青い目のお相撲さんの活躍に喜んでいても罪は無いかもしれん、日本人がどこまでけじめが無くなったか、いいバロメーターにもなるからな。ただし、このままにしてたら、外国の選手は柔道みたいに体重別にしてくれとも言い出しかねないぜ。やはりここは、まがいもんでも、「相撲道」を根本から叩き込まなけりゃならんだろう。<br /><br />ついでに言っておくが、近頃のチャンピオンはマス・メディアが作り出すまがいもんばかりで、そこに美しさがまったく無い、マス・メディアに品格が無いくせに、品格、品格というのも笑ってしまうぜ。<br /><br />亀田だか、駄目だ！だか、知らんが、テレビ局が作り出した一番下品な代物をでっち上げといて、叩き落す、この繰り返しだろうが、監督が野放しにしていた馬鹿女房を囃し立て、叩き落す！細木和子は叩き落される前にうまく立ち回ったわな。<br /><br />その前はオウムの麻原だ、あの御一党さんでどれだけ視聴率を稼いだことか！<br /><br />視聴率だけが問題の世界がどのくらいこの世を汚しているか、この件は別のところでじっくり書きたいもんだ。ただ一言警告しておくが、今のテレビのリモコンは非常に便利で、一瞬でチャンネルを変えられるのだ、どうしても行き場がなけりゃ、ＮＨＫでしばらく休み、コマーシャルが終わったタイミングでチャンネルを戻す、要するにコマーシャルを見ないのだ、だから、繋ぎ止めておくために、各局がコマーシャル前にやる、やり口も、昔の紙芝居のごとく、いやらしくも幼稚な幕切れで引っ張ろうとするが、客のほうも、特に意地悪じじいはコマーシャルを見ない！というゲームを楽しんでいるぜ。<br /><br />テレビ局の存亡がかかっている事態に気づいているのだろうか？<br /><br />景気が悪いからと、簡単に考えず、どうしてこんなにテレビ局の売り上げが落ちたのか、根本原因を考え反省する時じゃねえのかい！<br /><br />何よりも、テレビで票を稼ぐ政治家。本が売れ、講演料が高くなるコメンテイター、彼等は絶対にテレビ自体を批判はしないだろう。<br /><br />大出版社のやったことが、今ブックオフで小説が目方で売られていやがる。<br /><br />どうしたら売れる本を出すか！テレビの視聴率と同じだわな、そうなると新人の作品には厳しく重箱の隅をほじくり返し、有名作家の駄作に気も付かず、どうしたら売れるかだけを、漫画育ちの編集者が考え、本の乱出版をしているから、新刊本より安いブックオフに客が行くに決まっているだろうが‐‐‐<br /><br />しかも、作家にはいくらブックオフで本が売られても再販料が入らない、どれだけの資料を読み、どれだけの頭脳を駆使して書いたものか‐‐‐大出版社の使い捨ての結果、まともな作家達はほとんど飯が食えないだろう。その出版社の姿勢を批判する物書きは居ない。<br /><br />まあ俺もその立場になりゃ批判しないかもしれん、これが困った人間の弱さだァな、此処でこんなに偉そうなことを書いていても、いざとなると、権力におもねる、そうよ、意地悪じじいの正体なんてそんなもんだろうよ、今のうちに、もうあの世も近いから、がんばって、精一杯、己自身に対してと同時に世間様にいやがらせをほざいているわけだ。孤独な意地悪じじいは、めげないために必死に突っ張ってるわけさ。<br /><br />ただ、意地悪じじいの今夜のはかない夢は、永田町の役人の中にも、良心を持って国の行く末を考えている者もいると同じように、テレビ局のプロデユーサー、ディレクターにも骨のある人々がいるだろうし、内心これでは遺憾と嘆いている者も居るはずだから、コマーシャルの音量も少しは考え、朝から晩まで、天気予報、料理なら料理、スポーツならスポーツ、ワイドショー、お笑い、と、ただ芸もなく横並びの詰らんものだけで争わず、コマーシャルの時間合わせをしているのだから、全局の代表が合同会議を開き、もう一歩レベルアップした作品、それぞれの個性ある作品で横並びすれば、少なくとも、限りなく堕落していく国民の精神民度を引き上げ、国自体の品格も上がると思うのだ、そのレベルの作品が横並びしてれば、国民はそれしか見れないのだから、国民を少しでも導いていくことが出来るはずなのだ。<br /><br />国民を戦争に駆り立てることも出来るし、限りなく堕落させることも出来るのが、テレビであろう。<br /><br />最近起きた、秋葉原の殺人事件を考えてみねえ。<br /><br />車で突っ込んで、七人を殺す時間がたったの二分だったんだ！あのリズムがゾッとするじゃねえかい！二分で七人刺し殺す！一人殺すんだって、ドストエフスキーの『罪と罰』の中のラスコニコフはどれだけ、ああでもない、こうでもない、と考え悩んだ末のことだったか‐‐‐今までは少なくとも一般の殺人者は、それが、狂気だとしても、人を一人殺すのに、相当考えた筈だ。<br /><br />戦争ではなく、平和な世界で人を殺すという殺意を文学にした、カミュの「異邦人」は、人間の殺意というやつだけを取り上げて、ノーベル文学賞をとっているのだ。<br /><br />あの二分で七人刺し殺すリズムは、今テレビでやたら無様に流行っている、一発芸のリズムだろう。<br /><br />ほんの三分考えれば、己のやることを少しは意識しただろう。一時間の落語を聞く理解度も忍耐力もない頭脳になってしまった若者達が、一瞬の芸ともつかない、おふざけに笑う姿の淋しさよ！十行のメールで、今日何食べる？洋服は何色にする？程度で生きていやがる。<br /><br />その挙句、己が死にたかったから、他人を殺すってんだ！それでいて、警官に銃を向けられたら、あっさり凶器を捨てて、撃たれるのを回避する理性だけ残っていやがった！何故、警官に立ち向かって撃たれなかったのだ。<br /><br />銃を抜いた警官も周りの群集に「何モタモタしてるんだ！早く拳銃を抜け！」とはっぱをかけられ、へっぴり腰で拳銃を抜いて構えたってんだ！その風景はまさに漫画だろう！しかし漫画の風景の中で、人の命がリアリズムに七人消えているんだ！意地悪じじいから見ると、まさに世の中、漫画のような世界で、人間の命が残酷に消えているのだ！<br /><br />しかし、ここで言っとくが、今の若いお笑いタレントが漫画世界の中で芸を捨て、人格を捨て、死に物狂いでその一発で受けようとする姿がまたいじらしいじゃねえかい！<br /><br />芸人をそこまで視聴率と銭稼ぎに追い込んでいる大本を考えてみねえ！<br /><br />また今夜も眠れそうにねえぜ！<br /><br />テレビも考えようによっちゃ、国技だぜ、国の品格が問われる世界なんじゃねえのかい？ <br />&nbsp;<br />&nbsp;]]>
        
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