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人間!人間!人間―――
    2009.11.26 [ Thu ] 16:26
今回は意地悪爺が、ハスッカイに人間社会を見つめて、ひねくれるだけ捻くれて、この世を見回してみよう。

ぶっちゃけ、やはり、勝ち負けしかないのか?

いくら高らかに、平和の祭典!と謳い上げても、オリンピックも所詮勝ち負けである!戦争である!そのためのトレ―ニングである!兵隊の訓練である!

国同士の戦いである!その国の虚栄の張り合いであるし、国力の表現である。

子育ても、受験も全て勝ち残るためであろう。

では芸術は?やはり世に出るためには幾つもの戦いに勝ち残って行かなければならない!審査、審査を勝ち抜く為のトレーニングである。

経済社会は勿論のこと、生きるために働く世界が全てが戦いである。

世の中、人間社会で闘わない部門が果たしてあるのか?

無いのだ!

仏門すら、誰が認めるのか、正解の無い修行の中で誰かが認め、位をつけられて行く。名僧とか愚僧とか、誰が決めることやら‐‐‐また、飯の種を得る為の組織は戦いである。餌を運ぶ奴がいなければ、座っちゃ居られない。

よくよくこの世を見渡せば、人間社会は根底から間違ったスタートをしてしまったのか?このような弱肉強食社会を作るように神が設定したのか?

根源的な問題であるが、これをとやかく言っても、このように設定された人間社会なのである。

愛や感動は瞬間の中にあり、それも安楽の中には無く、苦しみ抜き、貧乏のどん底で感じる瞬間ばかりなのだ。貧乏や不幸の裏づけがあって、物語に感動や愛が表現される。平和で豊かな場所から感動や愛の物語が生まれて来ない。

今までの名作と言われる物語は全てそうである。

人間そのものが、不幸な存在なのだ!それを色々誤魔化しながら、言いくるめながら、物語は進む。心とか善意とか救われるとか、修行とか‐‐所詮、言いくるめているところがあるのだ。最後には死というゴールが絶対的に待ち受けているのだから、何を持って救われるかというと、死を持って救われることになる。

しかし死ぬことが一番不幸だと思いつめている人間は、死ぬまい!死ぬまい!と、七転八倒しながら生きている。だから根底的に矛盾を抱えながら生きているのが人間なのだ!

人間は何処から来て、何処に行くのだ?と疑問を抱きながら、美を求め、愛を求め、心を求め、これが美だ!愛だ!と、はっきり見つけ出し、心を手のひらに乗せた天才は見つからない!その過程の真っ只中で、失意のうちに死ぬか、狂気のうちに沈んで行くのだ。あったとしても瞬間の感動である。

そこに尚困ったことに、人間は欲望の裏付けから始まる際限のない幻想にのめり込み易いのだ!この欲望が一番の原動力になって世の中が動いているのであるから、なおさら世の中は狂気の沙汰になってしまうのだ。

だから仏教では『足るを知れ!』という。

欲望をほどほどに抑えよ!と言う事なのだ。そのくらいしか今人間に言うことは出来ないのだ。

根源的に戻るならば、縄文時代までで止まっていれば、こんな矛盾した、人間同士の殺し合い社会を作らなくて済んだのだ!戦う相手は自然の厳しさだけだったのだから、自然の中で自然と共に生き、木の実や動物を糧にして生きていた程度でよかったのだ。さすれば難しい論理も悟りもいらなかった。自然に逆らった食料を大量に作り出したところから人間社会の不幸が始まったのだ!

しかし今更そんなことを言っても始まらない。

まあ、滅びることが解決なのだろう‐‐‐

そう言ってしまっては、実も蓋もない。だから、ああでもない、こうでもない。と思想、哲学、宗教などがいろいろ説くが、正解は無い!根源的に人間社会が間違っているのだから、そこで、こうなったら人間の力で全てを解決しようと、科学という奴が頑張りだし、原爆までたどり着いたのである。

新種の病を作り、それを退治する抗生物質を開発し、その結果また新種の病を作り出していく。エネルギーを開発すればするほど、人間を自然から遠ざけて行く、それは自分たちが住んでいる地球から遠ざけている事なのだ。やはり人間の営みは滅び行く醜悪の宴である。

もう笑うしかないのか!悲しんでいた段階は十九世紀くらいまでであった。

二十世紀が終点だったから、そこから先は終点を広げる事にてんてこ舞いしているのだ!

だから終着駅は混み合い、穢れる一方である。人間社会は終着駅に着いてから既に、二世紀目に入るのだ。ますます混乱するであろう。

やはり、一発芸で虚しく笑うしかないのか?もう酒の酔いも醒めた。

元気のまま、うまくあの世へ行く方法は無いものか?!

これもまた業である。

お迎え酒に酔うしかあるまい。

さて、意地悪爺が常識だと思い込んでいる人間の営みの一つを解剖してみよう。

オリンピックだ!

まず、北島選手には悪いが、たかだか五十メートルほどの箱を作って、そこに水を溜め、その中でどちらが速いか競うことに何の意味があるのだ!所詮人間は魚には成れないし、東京湾から大島程度までも泳げないのである。陸の生き物が何で魚の真似をしなければならないのだ!魚から見れば馬鹿か!と思われるであろう。子供が水遊びして楽しむ程度で止めとくべきであろう。

スキーである、山から滑り降りる速さを競っているが、これも子供の橇遊び程度以上に何の意味がある!

整備された競技場で百メートルの速さを競ってなんになる!昔、獲物を追いながら、森や林をかいくぐりながら素早く走っていた頃には、早く走ることに意味があった、それも厳しい自然の中で生きるが為であった。

マラソンも、しかり、である、昔は走って情報を伝達していたから速く走ることも必要だった。しかし今は良し悪しを別として、条件がまるで違っているのだ、極端なことを言えば、そんなに走ることに命を懸けるのであれば、自動車や新幹線を作るなよ!

ハンマー投げ、槍投げ、棒高跳び、等々、古代ではそれが人殺しの手段としての生存競争であったのだろう、ならばミサイルを作るなよ!

フィギュア・スケートは踊りとして美しいからあれは良い。意地爺の独断である。

押しなべて、オリンピックの種目を徹底的に洗い直し、現代の人間にとってどういう競技がふさわしいか、もう一度考え直したらいいと思うぜ。

所詮、今じゃお遊びの延長事で、国が争い、選手は命がけでトレーニングしているのだ。あれで実際、国同士の揉め事を具体的に調整出来たかというと、かえって国同士の競争を煽る結果に成っている。

京都議定書がオリンピックになってもいいはずじゃねえのか!食糧問題をどこのチームが一番良い解決方法見つけ出すか、殺し合いをしない方法をどこの国のチームが一番良い方法を提出できるか、イスラムと西欧の解決方法は無いのか、世界の全ての芸術や匠のすごさも一緒に競っても良いではないか、別々にやらず、世界のオリンピックとしてやればよいのだ。

身体障害者が車椅子のスピードを争うより、この生きずらい社会で生きる技術をどう養ったか?その凄さを競った方が障害者の助けになるし、励みにもなるはずである、あんな形で障害者がアスリート化すれば、そんな極端な努力が出来ない障害者の方が圧倒的に多いのであるから、かえって、そんな努力が出来ない自分に落ち込んでしまうぜ。

実際に人間がこれから生きていく大問題になると、それぞれの国が、エゴ丸出しで、争うくせに、オリンピックというお遊びの競い合いだけ、平和の祭典なんぞと言いながら、これも国同士の隠れた戦争をしていやがる。

その中で必死に競う選手達も可哀そうな話だ。やはり鍛え上げられた戦士ということになってしまう。

国の威信をかけて、とか、日の丸を背負ってとか、やはり特攻隊精神だァな。

アスリート達が目的を持って努力している姿と、その結果の喜びを共有することが一般の人々に勇気を与える、と言うが、落ちこぼれていった人間のほうがはるかに多いし、オリンピック競技は一般の人間から見れば、所詮、途方も無く遠い世界である。

一般の人間が一体何処に、百メートルを十秒で走れると思っている奴がいるか?!てんだ!あれを見て、俺も頑張ろうと思う奴がいるか!?

街の原っぱや路地で遊ぶ楽しさを教えてやりたいもんだ。一般生活でサッカーも出来ないだろう、バスケットすら日本じゃ出来ない、それぞれ、チームに所属し、お遊びではない特別な世界に入らなければ、身近で遊べないのだ。

全て、お題目の世界である。何かの建前である、国家の宣伝、企業やマスコミの儲け口である。それを如何に、国民の盛り上がりに結びつけるか、必死になっている。

苦しみや不安を抱かない人間なんぞ、世界中に一人もいないのだ!

ならば苦しみと不安の極致を争ってもいいわけだ、そうすりゃ随分救われる人々が出てくるぜ、こんな苦しみを持つ人間が居たのか、こんな不安を抱える人が居たのか、その極地を争えば、マイナスが何乗かされると、プラスに変化するのだ!そこから人間が勇気を奮い立たせるのだ。

人間が様々な苦しみや不安から立ち直った芝居を、オリンピックで競ってもよい。

音楽でも絵画でも、世界中の人間がいっせいにボタン式で投票できるだろう。今の技術ならば可能なのだ。一般の人間が審査員になればよいのだ。

おおよそ、すべからず、人間の営みからかけ離れたものが、表沙汰になり、その裏の部分で、いわば日陰で人間のほとんどの生活が営まわれている。だから人間はいつも日陰から青空を探そうと、首が痛いくらいに見上げながら生活しているのだ。だからすぐ疲れるし、すぐ下を向いてしまうのだ。みんながオリンピックのような祭典の審査員になるべきであろう。その為にはどちらが速かった、どちらが下になったか程度の競技じゃなく、全世界の人間が生活を通して判断するような競技にしてもらいたいのだ。

実際単純すぎる競技だから、選手はますます残酷に苛烈な競争を強いられるのだ!魚になれないのに、魚になろうとし、チーターになれないのに、只速く走ろうとしている。人間には人間の競う事があるはずではないか!

周りをちょいと見回してみねぇ、君達が常識だと思い込んで、競っている事が多々あるはずだぜ。

今君の子供が取り返しのつかない青春の一頁を使って、東大に入ることがその後の人生を幸せにすると思い込んでいるのかい?東大に限らず、今、ブームだと思っている方向は、君の子供が実際に社会で働きだし、これからと思う頃は、そのブームは終わり、衰退するのだ。今現在、IT世界が終わろうとしている。次は食料の改革かもしれない、それなら、今のうちに方向を確かめ直したら良かろう。今みんな公務員だと思っているかもしれないが、もう間もなく、一番厳しい世界になることは目に見えている。一時、保険会社、銀行が一番だと思って大学に進学したろうが、現在、銀行や保険会社に入って五・六年の若者がどんな状態で働かされているか実情は知るまい。これらの会社で美味しい思いをした連中は、今、高い年金暮らしをしている奴なのだ。もう終わっている世界だ。今現在、大学生の就職先のトップは総合商社だそうだ、まさに先行きが見えない証拠であろう、総合商社は極端に言えば、ラーメンからミサイルまで商っている、日本独特のブローカーである。ではブローカーになりたいのか・と聞けば、恐らく首を傾げるであろう。すべからく、己の心の中の本音すら見ずに、只、将来飯を食うのによさそうだ、そんな程度の感覚である。医者も弁護士も然りである。毎日病人と接触し、病と戦うリアリズムを本当に考えているのか?!

弁護士が犯罪の愚痴と残酷さを毎日聞き、どう正義を貫くかリアルに考えているのか?!

子育ては二十年先を読み切らなければならない、そんなことは不可能なのだから、今の青春をどれだけ本物にするか、本人の直感を信じてやるしかあるまい。

今、常識だ!と思い込んでいることが、二十年も続かない、これからはもっと早く変化して行く。人間の営み自体が危うくなっているのだ!だから、良かろうが悪かろうが、人間は焦り、頭脳をフル回転させて変化するスピードを上げて行くだろう。だから思いもかけぬ天才も現れるだろう。そんな天才達が沢山現れて、人間社会が救われるか!?やはりそっちに期待するしかあるめぇ。

その為には、今の力ある大人達がいち早くそんな若者を見抜き、援助してやることが大切だろう。問題は力有る大人に見識があるのか?目先のエゴイズムだけを追いかけ、権力にしがみつこうとする奴ばかりだし、有り余る金は老後の贅沢だけに目が向いていうる浅ましさだ。また組織で出世する奴は只、只、卑怯な奴が多すぎることだ。

人間社会の仕組みが根底から崩れようとしているのだ!

共産システムが崩壊し、資本システムが崩れ、次に一体、人間社会はどんなシステムを構築するのか?!何も見えていなかろう、グローバルの矛盾も突きつけられた。一応世界が金融危機から脱したら次に何が起きる?!紙幣を刷りまくった赤字大国ばかりになり、後は食料すらまともに確保できない貧困国が残るのだ。各国がガードを固くし、互いに疑い、関税だア、資源だア、食料だア‐‐と、煎じ詰めれば刷りすぎた紙幣は食えないのだから、ますます、軍事力を背景に、人間が生きる根本を守るために国境線を争い、土地と資源の拡張を競うかもしれないし、ますます、貧困と民族問題が勃発する可能性が大きくなるだろう、何故って、命に関わる貧困は、やけっぱちの戦をするしかなくなるからだ。イスラムと西欧の戦いだけでは済まなくなるだろう‐‐‐

果たして、この人間、人間、人間達は生き残れるのか!?

階級闘争も政治闘争も世界を平和にはしなかった、産業資本主義闘争から金融資本闘争まで節操も無く進み、崩壊したのである。あと何がある?!オバマがいうように、「チェンジ」であろうが、果たして、どうチェンジするのか?未知なる物である。

答えは、人間自体がレベルアップするしかないのだ!それにはどうしたら良いのか?今までの学問や常識を全て捨て去り、人間本来の人間力見つめ直さなければなるまい、人間力を養うにはどうしたらよいのか?天才達が悩んだように、人間は何処から来て、何処に行くのか?そこから考え直すことであろう、宇宙からのメッセージに全ての五感を研ぎ澄まし感じ取ることなのだ、その為には、心を曇りない鏡として磨き上げ、人間が本来、神というか、宇宙の根源のエネルギー帯から平等に授かり、忘れ去ってしまった力を思い起こすことから始めなければなるまい!

そんな中から湧き上がるエネルギーを見つめ直し、人間社会の新しいシステムを構築し直さなければならないのだ!

こんな抽象的なことを言えば、意味が判らん!とおそらく言うだろうし、新興宗教じゃねえのか?!と疑うかもしれないが、考えても見ねぇ、君達が必ず死ぬという精神的な抽象の部分は理解していなかろう、肉体的に癌で死ぬ、とか、心筋梗塞で死ぬ、とかは理解しても、死ぬ寸前まで、息を引き取るまで、てめぇの精神状態の抽象は理解しておるめェ、そのとき、神が、天空からのメッセージがどんなことを伝えるか判っちゃいめぇ、だから元気なうちにメッセージを聞き届け、生きる糧とし、経済も含め、幸せな生き方を知るほうがいいに決まっているのだ。

あの愛する自分の子供を授かり、腕に抱いたときの、ぬくもりと確かな重量感を思い浮かべてみねぇ、あの抽象的な実感は少なくとも思い出せるはずである‐‐‐掛け値なしの『愛』という抽象であったし、確かな実感であった。

それに引き換え、『死』という抽象を実感はしていめぇ‐‐‐

この地球に人間として生命を授かった根源的な力は、決して偶然ではないのだ!宇宙からの根源的なエネルギーを授かったのだ!

具体的に言えば、地球上のほんの薄皮の上で暮らし、自分達人間が全てを作り上げてきた文明だと奢っていたシステムは、地球という大きな生き物に寄生したダニ程度の文明なのだ。宇宙の全てが生きており、地球もその中の小さな生命体なのだ!今までの君達が信じていた価値観が根底から崩れたのであるから、新しい価値観を見つけ出さなければ成らない筈である。

もっと具体的に言えば、今までのやり方では、銭も儲からないぜ!と言っているのだ!その為には、この意地悪爺のように、まず常識を捨てよ!今までの学問と思っている、詰まらん知識を捨てよ!自分の本音すら忘れてしまった君達!本音の奥底に眠っている勇気を奮い立たせよ!それが本来の力の源泉なのだ!そこから出世も金儲けも組立直せ!と言っているのだ。

確かにリンカーンから二百年足らずの歴史しかないアメリカの変化は素早い、黒人が大統領になった変革は凄い、奴隷制度から始まって、人種差別を潜り抜け、大統領になったのである!確かにチェンジである、一千年以上の歴史ある日本国も根底的に価値観を見直さなければなるまい!明治維新の高官達が海外に行き、冷静に各国を見つめていた深さは慧眼であった。今、政治家や高官がだめなら、国民が変わらなければなるまい!本音の奥底に眠る力を信ずるのだ!

本音の奥底の力に教養をつけるのだ!その部分を研ぎ澄まし、真の学問を注ぎ込むのだ!

今、日雇い派遣は人事部ではなく部品の仕入れ部門で取扱っていると言われる。労働力を部品として扱っている!と、心あるらしいコメンテーターたちが怒るが、果たして商品で無い労働力があるのか?!銀行という綺麗なショウインドーに飾られた銀行員という商品、オフィスビルに飾られたサラリーマン、大手メイカーのロボット達、これら正札つきの商品は、めったにバーゲンセールには吐き出されない。少々、店は汚いが実用的な安い商品、もっと下がれば、バッタ物、青空市場で売られる商品、ドロボー市場に吐き出される商品、君達は自分は違うと思っているだろうけれど、天から俯瞰で見ればどれも同じ体制の中で、同じ価値観の商品なのだ、労働者なのだ。これらの価値観を根底から見直せと言っているのだ!

ちなみに日本の議事堂というオペラハウスに並ぶ猿人形のような楽師達、これも君達が作った商品なのだ。もっとましな商品を作れや!両手で安もんのタンバリンをうるさく同じリズムで叩くだけで、音楽にもなっていないぜ!第一、指揮者に才能が無い!交響楽どころか、演歌にもロックにもなりやしない!その上聴衆も勝手に騒いでいる始末だ。オペラハウスは只騒音の坩堝と化している。

繰り返して言うが、若者達は、まずスタートから、己の本音の部分を見つめ、その力を養い、飯の種を探すのだ!

今までの体制の中に人生の全てを注ぎ込み、本音を殺し続け、肝心な本音すら忘れ去り、結果、大人達は幸せになったのか?

わしとはまったく無縁な世界であったが、あの東大安田講堂での全学連の共闘を体験した若者達は、ちょうどわしと同じ世代である。たまたまあの戦いをした闘士達の今をNHKで取材していたが、やはり、二十歳前後の青春の思いは、未だに生々しくそれぞれの心の中で生きており、その後の価値観に少なからず影響しているのだ。あの番組の中で、大学側の総長代理の顔が一番醜かったし、嘘顔のまま人生を生きて行ったのであろう。どちらも年齢はみんな七十歳前後である。青春時代は喩え青臭かろうが、本音を晒し、その本音を信じ、行動した若者はやはり人生の生き方をそれぞれ見つめ続けていたのだ!若者達よ!ここに至っても綺麗なショウインドーに飾られることばかりを考えていたら、世界の変化にとても付いて行けないぜ!

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俳優

亀石征一郎

1938年、東京都港区生まれ。東映の第6期ニューフェイスとして芸能界入り。「水戸黄門」をはじめ、「江戸を斬る」「必殺」シリーズなど、数々の時代劇で悪役として活躍。また実写版「明日のジョー」で力石徹役を演じて話題に。平成17年「フライングタワー」で作家デビュー。2009年に『ジャバを生き抜く「悪行力」-世の「偽り」を見破る悪の掟』(経済界)を発売。